プロ野球界全体でも特殊な番号である00ですが、ライオンズではこれまでに3人の選手が着けています。
2004年に長打力不足に悩んでいたチームは、前年まで在籍していたマクレーン選手を4月末に復帰させ、球団史上初となる背番号00を与えました。
これは当時は支配下選手の背番号は基本的に69までに収めていた事と、松井稼頭央選手の7と伊東捕手の27という前任者がレジェンドの番号しか空いていなかった事による措置ではないかと思っています。
(今なら70番台以降か、もしくはあっさり7を与える可能性もあるなと思ったり…)
カブレラ選手とのツインバズーカの再結成が期待されましたが、打率1割台と低迷し同年限りで解雇となってしまいました。
2人目は2010年のドラフトで指名された林崎選手が入団1年目から00を着けました。
内野のユーティリティプレイヤーとして期待されましたが出場機会に恵まれず、2013年からは背番号45に変更になります。
その後も怪我による育成契約も経験するなど結果を残せず、2015年限りで戦力外となってしまいました。
走攻守共にあまり特長が無く、何か1つこれという武器があればという選手でした。
3人目は現在も現役の水口選手です。
2012年のドラフトで育成選手として入団すると、2015年に支配下契約を勝ち取ると同時に背番号00が与えられますが、2018年から背番号0に変更になっています。
2020年現在で日本プロ野球界の最小兵選手でもある内野手で、俊足が持ち味ですが1軍ではまだ結果を残せていません。
外野手に挑戦したり打撃ではパワーをつけたりするなど模索しており、代走要員などで1軍に定着しつつありますのでまずは途中出場から活躍を見せて欲しいです。
現在ライオンズで背番号00を着用している選手はいません。
過去の3選手の着用期間が短く、空き番号となっている期間も長いことから、今後は強く希望する選手が現れない限りは基本的に欠番になるのではと推測しています。

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マクレーン選手
2004年に長打力不足に悩んでいたチームは、前年まで在籍していたマクレーン選手を4月末に復帰させ、球団史上初となる背番号00を与えました。
これは当時は支配下選手の背番号は基本的に69までに収めていた事と、松井稼頭央選手の7と伊東捕手の27という前任者がレジェンドの番号しか空いていなかった事による措置ではないかと思っています。
(今なら70番台以降か、もしくはあっさり7を与える可能性もあるなと思ったり…)
カブレラ選手とのツインバズーカの再結成が期待されましたが、打率1割台と低迷し同年限りで解雇となってしまいました。
林崎選手
2人目は2010年のドラフトで指名された林崎選手が入団1年目から00を着けました。
内野のユーティリティプレイヤーとして期待されましたが出場機会に恵まれず、2013年からは背番号45に変更になります。
その後も怪我による育成契約も経験するなど結果を残せず、2015年限りで戦力外となってしまいました。
走攻守共にあまり特長が無く、何か1つこれという武器があればという選手でした。
水口選手
3人目は現在も現役の水口選手です。
2012年のドラフトで育成選手として入団すると、2015年に支配下契約を勝ち取ると同時に背番号00が与えられますが、2018年から背番号0に変更になっています。
2020年現在で日本プロ野球界の最小兵選手でもある内野手で、俊足が持ち味ですが1軍ではまだ結果を残せていません。
外野手に挑戦したり打撃ではパワーをつけたりするなど模索しており、代走要員などで1軍に定着しつつありますのでまずは途中出場から活躍を見せて欲しいです。
現役選手
現在ライオンズで背番号00を着用している選手はいません。
過去の3選手の着用期間が短く、空き番号となっている期間も長いことから、今後は強く希望する選手が現れない限りは基本的に欠番になるのではと推測しています。

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