思い出の試合:2004年10月22日 中日ドラゴンズ戦

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日本シリーズ第5戦


伊東監督1年目となる2004年のライオンズはレギュラーシーズンを2位で終えたものの、この年から新設されたプレーオフを勝ち抜いて日本シリーズに進出し、中日ドラゴンズと対戦します。

2勝2敗で迎えた第5戦は西武ドームで開催されました。
ライオンズ西口投手とドラゴンズ川上投手の投げ合いで始まったこの試合は、西口投手が3回に1点、4回に2点を失う一方、ライオンズ打線は川上投手を攻略できず6回の小関選手のタイムリーによる1点に抑え込まれます。
結局ドラゴンズが9回にも3点を追加してライオンズは1-6で敗戦。
ドラゴンズに王手をかけられた試合となりました。

初現地観戦


この試合は初めてかつ現時点で唯一西武ドームで現地観戦した試合です。

当時長期で関東に滞在していたためダメ元でチケット発売日に電話をかけたところ無事に繋がりチケットを確保する事ができました。
(インターネット予約ではないあたりが時代を感じます…)
第5戦という事でどちらかの4連勝で一気に勝敗が決しないよう祈っていた記憶があります。

そして迎えた当日、陸の孤島のような場所から移動したため2時間半くらいかけてようやく西武ドームに到着し、試合は既に3回になっていました。
チケットを見せてそのまま外の見える通路を上っていく不思議な感覚、そしてそこから掘り下げられたグラウンドで選手達がプレーしているのを見た時の感動は今でも忘れる事ができません。
残念ながら試合に敗れ、また帰りも時間がかかるため試合終了まで観る事はできなかった事は心残りですが、本当に夢のようなひと時でした。

その後ネーミングライツでいくつかの名称を経て現時点ではメットライフドームとなり、大幅な改修も行われているため、また現地観戦して試合を応援しつつスタジアムグルメもいろいろと楽しんでみたいものです。

12年振りの日本一


なおこの年の日本シリーズはライオンズが第6戦に勝利して逆王手をかけると、第7戦も勝利し見事12年振りの日本一となりました。
松坂投手日本シリーズ初勝利カブレラ選手グランドスラム返しなど見どころが多く、またシーズン1勝の石井貴投手がシリーズ2勝を挙げ、シリーズの勝利数がシーズンを上回るという史上初の快挙?を成し遂げてのMVPを獲得するなど印象深い日本シリーズとなりました。









今日も完敗でさらに遠のく5割と3位(対ファイターズ21回戦)

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ニール投手来日最短KO


相性の問題から中5日での先発となったニール投手ですが立ち上がりからピリッとせず、初回に近藤選手のタイムリーで2点を失うと、2回にも近藤選手、中田選手にタイムリーを打たれ3失点といきなり5点のビハインドを背負ってしまいます。
結局3回の先頭打者を出したところで来日最短となる2回0/3でのKOとなってしまいました。
ここ数試合の登板では試合を作っていただけに今日の結果は調子の問題か中5日の影響なのかは気になるところです。
ただいずれにせよ今の打線の調子ではいきなりの5失点は試合を厳しくしてしまいました。

その後も勝ちに行く継投を見せますが宮川投手、平井投手がそれぞれ1失点してしまいます。
そんな中で田村投手は今日も1回を三者凡退に抑えたため、そろそろ試合が決する前のもう少し重要な場面での登板が任せられるようになるかもしれません。

最後に登板したルーキー松岡投手は1回1失点でした。
ファームでも結果を残せておらず今日も敗戦処理的な登板だったと思いますが、今の1軍経験の中で解決すべき課題を明確にして克服して欲しいです。

チームとしては今日の試合で近藤選手に5打数5安打4打点、中田選手に5打数3安打3打点と打ち込まれました。
もちろん好打者ではありますが特定の打者にはいつも打たれてしまっています。
もちろんチームとして対策は練っていると思いますが、それを活かすリードができていないのか投手陣が期待通りに投げられていないのか…ファンでは分からない部分もありますが来シーズン以降に向けても克服して欲しいところです。

また今日も勝ちパターンを温存できましたが既に前回登板から1週間空いてしまったため、逆に登板間隔が空きすぎて調子を崩さないかが気がかりです。

チャンスに打てない打線に逆戻り


打線は3回に森選手の3ランで2点差に詰め寄るも、それ以外はファイターズ先発のマルティネス投手に抑え込まれてしまいました。

数少ないチャンスであった6回の1死1、2塁、さらに7回の無死2、3塁→2死満塁であと1本が出ていればまだ勝負は分からない展開に持ち込めただけに打線の深刻さが心配です。
打順の組み替えですぐどうにかなるレベルではない気がしますが、控えやファームで今絶好調で起爆剤になる選手も見当たらない気がしますので、明日以降の打線をどう組むかは注目したいところです。

明日の先発


明日は調子の上がらない今井投手が先発します。
今年はオリックスに対しても相性は良くないですが、少しでも課題を克服した姿を見せて試合を作ってくれる事を期待したいです。







記憶に残る名選手:高木浩之選手

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経歴


高木浩之選手は駒澤大学から1994年ドラフトで4位指名されました。
1年後に高木大成選手が入団したため同時期に2人の高木選手がプレーしていました。

ルーキーイヤーから1軍出場し、黄金時代のセカンドを支えた現監督の辻選手が1995年限りで退団すると出場機会を増やしていき、1997年には初の100試合超えとなる107試合に出場し打率.278を記録します。
その後は好不調の差が大きく隔年で好成績を残していきますが、2002年には130試合に出場して初めて規定打席に到達し打率.272の結果を残し、見事に二塁手としてベストナインとゴールデングラブ賞を獲得します。
以降もセカンドのレギュラーとして活躍しますが、2005年に発症した視力障害などの影響もあり出場機会が減り、2008年限りで引退となりました。

身長は172cmで、ルーキーシーズン後の南郷秋季キャンプを見に行った際も周りの選手と比べても非常に小柄であったため、当時はセカンドのレギュラーとして長く活躍してくれるとは想像できなかった記憶があります。

プレースタイル


所謂いぶし銀タイプでしぶといバッティングと堅実な守備が持ち味でした。
特に非力ながらもバットコントロールが非常に優れており、規定打席に到達した2002年には446打席で僅か26三振となかなか三振しないバッターでした。

足はさほど速くはないのですが見た目の印象から俊足のイメージを持たれており、野球中継の実況がよく「ランナーは俊足の高木!」と言っているのを聞いてほくそ笑んだものでした。

セーフティスクイズ


高木選手と言えば忘れられないプレーがあります。
具体的にいつの試合だったかの情報が出てこないのですが、2死で3塁ランナーに清水雅治選手という場面で、バッターの高木選手が見事にセーフティスクイズを決めて1点をもぎ取ります。
このプレーが実はノーサインで高木選手と清水選手のアイコンタクトだけで決めたものでした。
森監督から東尾監督に代わり若い選手へと世代交代している状況でしたが、ライオンズ伝統の選手が自主的に判断するそつのない野球はまだまだ健在だなと思ったものでした。

その後さらに選手の自主性に任せる方針となり緻密さが少し薄れてきましたが、辻監督になってからまた隙を見逃さないプレーが増えてきており嬉しく思っています。

引退後


引退後は編成部を経て今は2軍の守備走塁コーチを担当しています。
自身のような堅実なプレーのできる選手を1人でも多く育て上げて欲しいものです。






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ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。
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