大型トレード
渡辺智男投手はNTT四国から1988年ドラフト1位で指名されました。
ドラフト前には肘の故障のため指名拒否の姿勢を見せており、同じく指名拒否から2位指名された石井丈裕投手と共に密約説も囁かれました。
故障の影響でルーキーイヤーは出遅れたものの5月に一軍初出場を果たすと以降は先発ローテとしていきなり10勝を挙げました。
以降も1991年には最優秀防御率を獲得し更に3年連続二桁勝利を挙げるなどエース格の渡辺久信投手などと共に黄金期のチームを支えました。
しかし入団4年目は故障もあり後半戦は大不振に陥ると翌年は一軍出場無しに終わります。
するとオフには秋山幸二選手、内山智之投手と共にダイエーの佐々木誠選手、村田勝喜投手、橋本武広投手との超大型トレードでダイエーに移籍しました。
移籍後も状態は上向かずダイエーでは目立った成績を残せませんでした。
1997年オフには金銭トレードでライオンズに復帰すると一軍登板は無くそのオフ限りで引退しています。
引退後はスカウトに転身して水上由伸投手などを担当し現在はスカウトチーフ補佐を務めています。
活躍時間は短かったものの黄金期を支えた好投手である事は間違いないだけにOB戦でのピッチングも楽しみです。
NPB通算成績:123試合 45勝40敗0H2S 725.2回 502三振 321四死球 防御率3.73
↑ポチッとして頂けると嬉しいです
スポンサードリンク



メガネをかけたのび太君のような投手で,そののほほんとした印象からは真逆の
物凄い伸びのあるボールを投げていました。
躍動感のあるピッチングフォームもすごくカッコよかった。
有名なのは,1985年センバツ準決勝でPL清原から3奪三振,ただの一球もかすらせもせず封じ込めたシーン。
KKが甲子園5期の中で唯一決勝進出を逃した試合でした。
敗戦後の清原談話の,「やり返すから夏出て来いよ」的なことを聞いて,
「夏は暑いからもういいです」的な返しをしたのも面白かったなあ。
プロでは清原とチームメイトとなり,清原が「同じチームで良かった」と言ったとか。
太く短くの投手でしたね。
lionsdiary
が
しました