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過去のライオンズドラフトの思い出を振り返ってみようかと思います。
今回は1996年のドラフトです。

1位:玉野宏昌選手(背番号3)


強打の高校生野手で、同年オフに移籍した清原選手の後継者としての期待込めて背番号3を与えられましたが、結果を出せず3年で背番号33に変更になりました。
入団4年目の2000年にセカンドとして開幕スタメンの座を勝ち取り4月は打撃好調で活躍を見せましたが、疲労等もあり徐々に低迷してレギュラー定着はなりませんでした。
その後も伸び悩み2004年オフにトレードでドラゴンズに移籍すると、翌年オフに戦力外通告を受けて引退となりました。
球団の期待の表れとは言え黄金期の主砲の番号をいきなり与えられた事がプレッシャーとなった可能性もあるかもしれません。

通算1軍成績:123試合54安打4本塁打26打点2盗塁 打率.208

2位:森慎二投手(背番号19)


​ライオンズを逆指名して入団し主にリリーフとして活躍しました。
荒れ球ながらもストレートとフォークを武器に非常に高い奪三振率を誇り、最優秀中継ぎ投手のタイトルを2回獲得しています。
2005年オフにポスティングでMLBデビルレイズ(当時)に移籍しましたが、オープン戦初登板で右肩脱臼の大怪我を負ってしまい、メジャー登板のないまま2007年途中で退団となりました。

引退後は2015年からライオンズでコーチを務めましたが2017年シーズン中に病気のため急逝し、球団関係者やファンが非常にショックを受けたのを今でも鮮明に覚えています。




通算1軍成績:431試合44勝44敗17H50S 防御率3.39

3位:谷中真二投手(背番号15)


社会人の小西酒造から指名されました。
ドラフト当日は醸造所で働いている姿を密着されていたのを覚えています。
主にリリーフとして起用されましたが2001年シーズン中にタイガースにトレードされます。
その後も2003年オフにブルーウェーブにトレード、2005年は球団合併に伴う分配ドラフトでイーグルスに入団し、2007年オフに自由契約になったところを再度ライオンズが獲得しました。
しかしその後も大きな活躍を見せられずに2010年限りで引退となりました。

選手としてのプレーもさる事ながら、松坂フィーバーに沸いた1999年春季キャンプで詰めかけた多数のファンと報道関係者の目を撹乱するために松坂投手の影武者となった事が話題となった選手でした。

通算1軍成績:243試合21勝25敗2H0S 防御率4.55

4位:和田一浩選手(背番号22)


ポスト伊東選手として指名され捕手として経験を積んでいましたが、伊原監督就任時に外野にコンバートされると才能が開花します。
ライオンズ時代には首位打者1回、最多安打1回、ベストナイン5回を獲得しました。

2007年オフにFA権を行使してドラゴンズに移籍すると、2015年に通算2000本安打を達成してその年限りで引退しています。

通算1軍成績:1968試合2050安打319本塁打1081打点76盗塁 打率.303

5位:馬渕隆雄投手(背番号48)


同朋大から指名され同大学の先輩である豊田投手と似たタイプとして期待されましたが、1軍出場は果たせず1999年限りで引退しています。

通算1軍成績:出場なし

6位:青木和義選手(背番号25)


右の強打者として期待されましたが1軍出場なく2004年限りで引退しました。
なお2002年からの登録名はカズでした。

通算1軍成績:出場なし

7位:古屋剛選手(背番号61)



森投手と同じ新日鉄君津からの指名でした。
左キラーとして期待されましたが結果を残せず2004年限りで引退しています。

通算1軍成績:79試合20安打1本塁打6打点6盗塁 打率.187

総括


​1位の玉野選手は主力になる事ができませんでした
しかし森投手、和田選手東尾監督、伊原監督、伊東監督時代の投打の主力となったという点では収穫の大きいドラフトだったと思います。


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