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ジャーニーマン


複数球団を渡り歩いた選手を指すジャーニーマンという言葉があります。
NPBでは多くの球団に在籍した外国人選手の例は多くはないですが、2012年に獲得したホセ・オーティズ選手はライオンズが日本で4球団目の在籍チームでした。
更にNPBでも屈指の珍しい経歴を持つジャーニーマン達がライオンズに複数回在籍していました。

フェルナンデス選手


ホセ・フェルナンデス選手は2003年にロッテに入団するといきなり3割30本100打点をクリアするという好成績を収めますが、守備に難があった事もありバレンタイン新監督の構想外となり1年で戦力外となりました。

翌2004年にライオンズに入団すると1年目は33本塁打94打点、2年目は26本塁打84打点と2年連続で好成績を収めましたが2005年限りで自由契約となります。

その後は2006年からは楽天、2009年からはオリックスと契約しいずれも主力打者として活躍しましたがシーズン後半に死球を受けて長期離脱となった事もあり2009年限りで退団しました。

その後はメキシカンリーグでプレーしていましたが、2010年シーズン中に中村剛也選手が負傷したライオンズに復帰します。

シーズン中の加入のため出場試合数は少ないものの3割を超える高打率を残すと、翌年は成績は落としたものの指名打者としてベストナインを獲得しました。

しかし契約交渉がまとまらず2011年限りで退団し、2012年は楽天、2013年はオリックスに移籍したものの結果を残せずに2013年限りで引退しました。
最初のロッテの後はライオンズ、楽天、オリックスの順で2度ずつ在籍したという珍しい経歴となった選手でした。

フェルナンデス選手は打撃面ではどのチームでも結果を残した反面、あまりにも拙い守備や右の強打者の宿命である併殺打の多さから長期契約に繋がらなかった印象があります。

シコースキー投手


ブライアン・シコースキー投手は2001年途中にロッテに入団すると翌年以降はリリーフ陣の一角としてチームを支えますが、やはりバレンタイン監督の構想から外れた2003年限りで退団しました。

2004年は巨人に入団すると2年連続でセットアッパーとして活躍しますが、2005年オフに構想外となり退団しています。
その後一旦は楽天入団が発表されたもののアメリカへの帰国を希望して破談となり、2006年はMLBでプレーしました。

2007年シーズン中にヤクルトに入団しNPBに復帰するとリリーフとして活躍しますが、契約交渉がまとまらずに1年限りで退団しています。

2008年はロッテに復帰すると2年連続でセットアッパー、クローザーとして活躍しますが、契約更新で合意に至らず退団となりました。

そして2010年にライオンズに入団するとグラマン投手の離脱もあり開幕からクローザーとして活躍し、自身初となる最多セーブのタイトルを獲得しました。
翌年もリリーフとして期待されましたが肘の故障の影響でシーズン中に退団しています。

2012年はカナダ独立リーグでプレーした後、秋季キャンプで入団テストを受けて2013年はライオンズに復帰します。
しかし春季キャンプで膝を痛めプレーする事なくシーズン途中で退団となりました。

シコースキー投手は結果を残しているにも関わらず構想外となったり、契約交渉がまとまらずに退団となるケースがほとんどです。
これはまだリリーフ投手に対する評価が低かった影響ではないかと思っています。
マウンド上でグルグル腕を回す姿などが人気を博していただけに、もう少し長くライオンズでのプレーを見てみたかった選手でした。

ちなみに両選手共にバレンタイン監督就任に伴って日本でのジャーニーマン生活がスタートしており、別の監督だった場合はロッテで長くプレーしていた可能性もあったかもしれません。



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