歴代背番号

背番号23:黄金期のシリーズ男の印象が強い番号

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ライオンズの各背番号を背負った選手のうちプレーしていた記憶のある黄金時代以降の選手について思い出などを書いてみようと思います。

変遷


背番号23を着けてプレーしているのを見た記憶のある最も古い選手は大塚光二選手です。
俊足巧打の外野手でしたが黄金期の厚い選手層に阻まれ定位置獲得はなりませんでした。
しかし日本シリーズでは無類の勝負強さを誇っており現時点で歴代1位の日本シリーズ通算打率を記録しています。

2002年には前年にトレード移籍してきていた平尾博嗣選手が23に変更になりました。
この年の後半にレギュラーを獲得するような活躍を見せると、翌年からは背番号8に変更になっています。

2004年には許銘傑(ミンチェ)投手が背番号23に変更になりました。
2001年には11勝を挙げる活躍を残していたものの成績が下降気味となり低迷する時期が続きましたが、2011年にはセットアッパーとして活躍を見せます。
しかしその年のオフにFA権を行使してバファローズに移籍しました。

2012年にはマイケル中村(MICHEAL)投手が着けました。
主にリリーフとして17試合に登板しますがこの年限りで引退しています。

2013年には平野将光投手が背番号23に変更になりました。
しかし以降は1軍で結果を残せず2015年限りで引退しています。

2016年からはドラフト3位入団の野田昇吾投手が着けました。
1年目から1軍で起用されリリーフ左腕としてチームを支えました。
しかし故障の影響による球速の低下などもあり2020年は3試合のみの登板に留まると、オフに戦力外となりこの年限りで引退しています。

現役選手


​2021年現在は背番号23を着けている選手はいません
投手と野手どちらも着けてきた番号のため今後どのような選手に与えられるかは分かりませんが、ライオンズの背番号23の代表格となるような選手にが現れて欲しいです。




背番号22:控え捕手とリリーフ投手の番号

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ライオンズの各背番号を背負った選手のうちプレーしていた記憶のある黄金時代以降の選手について思い出などを書いてみようと思います。

変遷


背番号22を着けてプレーしているのを見た記憶のある最も古い選手は清水義之選手です。
1993年にトレード移籍してきましたが主に内野の守備固め中心で目立った活躍はできず、1996年開幕前にタイガースに移籍しています。

1997年からはドラフト4位入団の和田一浩選手が着けました。
打撃が良く次世代の正捕手として期待され出場機会を増やしていましたが、2000年に捕手らしい背番号を希望した中嶋聡選手との交換という形で背番号5に変更になりました。
その後は外野手に転向しチームの主軸打者に成長しました。

2000年から背番号22となった中嶋聡選手伊東勤選手に次ぐ2番手捕手でしたが、松坂大輔投手登板時の専属捕手としても起用されました。
しかし徐々に出場機会を減らすと2002年オフにベイスターズに移籍しました。

2004年には野田浩輔選手の背番号が22に変更になりました。
伊東勤選手、細川亨選手、炭谷銀仁朗選手という歴代正捕手とのポジション争いに敗れ出場機会は多くなかったものの、2番手、3番手捕手として貴重な存在でした。
2008年の日本シリーズ第7戦ではチームの決勝点に結びつく四球を選んでいます。
2011年の引退後はスカウトを経て現在はバッテリーコーチを務めています。

2012年からはリリーフとして結果を残し始めていた岡本篤志投手が22に変更になりました。
その後もリリーフとしてチームを支えましたが2016年に出場機会を減らすとその年限りで引退しています。

2017年からはドラフト2位ルーキーの中塚駿太投手が着けました。
しかし速球が持ち味ですが制球力に難があり結果を残せず、2020年からは背番号50に変更になっています。

現役選手


​2020年からはスパンジェンバーグ選手が着けています。
昨年の開幕当初は三振を量産していましたが栗山巧選手のアドバイスなどもあり徐々に日本野球に適応していきチームに欠かせない存在となりました。
今年は打率が上がってこないものの四球を選べるようになり高い出塁率を誇っています。
2塁打や3塁打が多いスピード感のあるプレーが持ち味でチームに勢いを与えるため、打撃面も徐々に調子を上げて欲しいところです。




背番号21:元祖ライオンズのエース番号

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ライオンズの各背番号を背負った選手のうちプレーしていた記憶のある黄金時代以降の選手について思い出などを書いてみようと思います。

変遷


背番号21を着けてプレーしているのを見た記憶のある最も古い選手は東尾修投手です。
1968年ドラフト1位で西鉄ライオンズに入団すると黒い霧事件で主力がいなくなった事もあり若くから主戦投手となり、エースとして長く活躍しました。
タイトルはシーズンMVP2回、最多勝2回、最優秀防御率1回、ベストナイン2回、ゴールデングラブ賞5回を獲得しています。
通算251勝を挙げる一方で、球威は無かったため内角を突くシュートが武器としておりNPB最多の165与死球という記録を持っています。
1988年に現役を引退した後は1995年から監督を務めました。

1989年からはドラフト1入団の渡辺智男投手が着けました。
1年目から先発として活躍し最優秀防御率を1回獲得しています。
しかし1993年は不調で初の1軍登板無しに終わるとそのオフに世紀のトレードでホークスに移籍しました。

1994年からは世紀のトレードで移籍してきた村田勝喜投手が着けました。
ホークスのエースだったため期待されたもののライオンズの野球が合わなかったのか結果を残せず1995年オフにトレードでドラゴンズに移籍しました。

1996年は新外国人野手のクーパー選手が着けました。
サードのレギュラーとして期待され強肩ではアピールしたものの攻守共に安定感を欠きシーズン終了前に退団しています。
なお現時点でエースナンバーだった背番号21を付けた唯一の野手となっています。

1998年からはトレードで移籍した西崎幸広投手が着けました。
当時の東尾監督が獲得を熱望していたファイターズのエースでしたが、故障などもあり先発では結果を残せず1999年には抑えとして活躍しました。
しかし以降は低迷し2001年限りで引退しています。

2002年からは石井貴投手が背番号21に変更しました。
先発としていましたが背番号変更後は成績が低迷していき2007年限りで引退しています。

2009年からはドラフト1位入団の中崎雄太投手が着けました。
大型左腕として期待されましたが結果を残せず2012年からは背番号を変更しています。

現役選手


​2012年からは十亀剣投手が着けています。
1年目からリリーフとして活躍し2年目以降は主に先発としてチームを支えました。
2019年オフにはFA権を行使して3年契約で残留しましたが昨年は不振に終わりました。
しかし今年はリリーフとして好投を続けているため今後もチームを優勝に導くピッチングを披露してくれる事を期待しています。




背番号20:炎のストッパーが着けた番号

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ライオンズの各背番号を背負った選手のうちプレーしていた記憶のある黄金時代以降の選手について思い出などを書いてみようと思います。

変遷


背番号20を着けてプレーしているのを見た記憶のある最も古い選手は森博幸選手です。
黄金期の暑い選手層に阻まれレギュラー獲得はならなかったものの、代打やレギュラー負傷時の代役として渋い働きを見せた選手でした。

1998年からは豊田清投手の背番号が20に変更になりました。
抜群の制球力で先発として活躍していましたが、2001年に抑えに転向すると球速もアップし気合を全面に出したピッチングで最優秀救援投手を2回獲得しています。
背番号20を着けた中では1番印象深い選手ですが、2005年オフにFA権を行使してジャイアンツに移籍しました。

2007年からは大学社会人ドラフト3巡目入団の山本淳投手が着けました。
しかし入団から2年間は1軍登板が無く2009年から背番号40に変更になっています。
なお2012年にMLB移籍前の田中将大投手にNPB最後の黒星をつけた試合で先発登板したのがこの山本投手でした。

2009年からはドラフト2位入団の野上亮磨投手が着けました。
大きく貯金を作ったシーズンは無いものの主に先発投手として活躍しましたが、2017年オフにFA権を行使してジャイアンツに移籍しました。

2018年からは野上投手の人的補償で獲得した高木勇人投手が着けました。
しかしライオンズでは結果を残せず2019年限りで退団しています。

現役選手


​2020年からは浜屋将太投手が着けています。
昨シーズン後半は先発として活躍しましたが今シーズンは開幕から不安定なピッチングが続きファーム調整となるなど苦しんでいます。
しかしまだ若い投手ですし将来の左腕エースに成長してくれる事を期待しています。




背番号19:速球派リリーフの印象が強い番号

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ライオンズの各背番号を背負った選手のうちプレーしていた記憶のある黄金時代以降の選手について思い出などを書いてみようと思います。

変遷


背番号19を着けてプレーしているのを見た記憶のある最も古い選手は前田勝宏投手です。
ウインターリーグで100マイルを記録した速球が武器でしたが、コントロールに難があり結果を残す事はできませんでした。
プレー面よりも1995年オフにMLB行きを直訴して球団と揉めた挙句1996年シーズン前に退団したお騒がせ選手として記憶に残っています。

1997年からはドラフト2位入団の森慎二投手が着けました。
速球とフォークを武器に好不調の波は激しいながらもリリーフとして活躍し、最優秀中継ぎ投手のタイトルを2回獲得しています。
なお2003年からは憧れの野茂投手の背番号11に変更しています。

2003年からは逆指名で入団した長田秀一郎投手が着けました。
多彩な変化球で勝負するタイプでリリーフとして活躍しましたが、年毎の調子の差が激しく2008年からは背番号34に変更になり、更に2013年シーズン中にトレードで移籍しました。
なお2021年はライオンズからBCリーグ武蔵にコーチとして派遣されています。

2008年からはドラフト1位入団の平野将光投手が着けました。
しかし目立った活躍はできず2013年からは背番号23に変更になり、2015年シーズン限りで引退しています。

2013年には新外国人選手のスピルボーグス選手が着けました。
名前が長いためか登録名はスピリーでした。
なおライオンズの野手が背番号19を着けるのは野村克也選手以来となりましたが、大学時代の恩師が着けていた思い入れのある番号だったようです。
しかしライオンズでは結果を残せず1年限りで退団しました。

2014年からはドラフト3位入団の豊田拓矢投手が着けました。
150km/hを超える速球を武器に1年目からリリーフとして活躍します。
しかし故障の影響もあり以降は低迷し、2018年には背番号49に変更になるとその年限りで退団となりました。

2018年からはドラフト1位入団の齊藤大将投手が着けました。
即戦力左腕として期待されましたが制球難などから結果を残せず、2021年シーズンからは背番号57に変更となっています。

現役選手


齊藤投手の背番号変更に伴い現在は背番号19を着けている選手はいません。
今後新入団選手が着けるのか既存選手の背番号が変更になるかは分かりませんが、新たに背番号19を着けた選手は主力として活躍して欲しいです。




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ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。