歴代背番号

背番号31:現コーチのいぶし銀外野手

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ライオンズの各背番号を背負った選手のうちプレーしていた記憶のある黄金時代以降の選手について思い出などを書いてみようと思います。

変遷


背番号31を着けてプレーしているのを見た記憶のある最も古い選手は植田幸弘選手です。
1993年オフにトレードで移籍してくると伊東勤選手の控え捕手として活躍しました。
しかし高木大成選手の入団に伴い出場機会を減らすと、故障の影響で1軍出場も果たせなくなり1999年限りで引退しています。

2000年からは小関竜也選手が背番号31に変更になりました。
もともとはイチロー選手と同じ背番号51でしたが自身の憧れの選手である掛布選手と同じ番号への変更を志願したようです。
1998年に新人王を獲得していましたが背番号変更後も主力として活躍し、ベストナインゴールデングラブ賞を1度ずつ獲得しています。
また打席に入る時の登場曲がジーパン刑事のテーマなのも話題となりました。
2005年オフにはMLB移籍を目指して自由契約となりますが、契約がまとまらずに巨人に移籍しています。
現在はライオンズの1軍コーチを務めています。

2006年からは大社ドラフト3巡目入団の吉見太一選手が着けました。
強肩が武器の松坂世代の捕手でしたが打撃に難があり1軍出場の無いまま2009年からは背番号63に変更になっています。
現在はライオンズアカデミーのコーチを務めています。

2009年からはドラフト4位入団の坂田遼選手が着けました。
左のおかわりとして期待されましたが故障がちのため主力に定着する事ができず、2015年からは背番号88に変更になりました。

2015年からは岩尾利弘投手の背番号が31に変更になりました。
4試合を跨いでの9者連続奪三振という記録を達成したものの目立った成績を残す事はできずに2017年限りで引退しました。
現在はライオンズの打撃投手を務めています。

2018年はドラフト5位入団の與座海人投手が着けました。
しかし公式戦出場の無いままオフにはトミージョン手術を受けて育成契約となりました。

2019年からはドラフト7位入団の佐藤龍世選手が着けました。
期待されたものの道交法違反で出場停止処分を受けるなど結果を残せないでいると2021年シーズン中に電撃トレードで日本ハムに移籍しました。

現役選手


​2021年シーズン途中からはトレードで獲得した平沼翔太選手が着けています。
トレード獲得後から1軍帯同していますが秋と春にライオンズのキャンプでみっちりと指導を受けた後に打撃面がどの程度成長するのか楽しみです。




背番号30:印象的な記録を残した選手達

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ライオンズの各背番号を背負った選手のうちプレーしていた記憶のある黄金時代以降の選手について思い出などを書いてみようと思います。

変遷


背番号30を着けていた記憶のある最も古い選手は佐伯秀樹選手です。
プロ初打席初本塁打を記録した選手ですが残念ながら実際にプレーを見た事はありません。

1996年からはドラフト5位入団の原井和也選手が着けました。
同じ和歌山出身の東尾監督の贔屓起用と揶揄された事もありましたが内外野守れるユーティリティプレイヤーとして活躍し、2000年からは背番号6に変更になりました。

2000年からはドラフト4位入団で現コーチの佐藤友亮選手が着けました。
新人ながら本職ではないセカンドで開幕スタメン出場を果たし、初打席で放ったヒットがNPBの21世紀初安打となっています。
翌年以降は本職の外野で出場し2004年は1番バッターとして日本一に貢献しました。
2006年からは背番号10に変更になっています。

2006年からは細川亨選手の背番号が30に変更になりました。
しかし1年着けたのみで翌年は正捕手の番号27に変更になっています。

2007年は新外国人選手のジェイソン・ジョンソン投手が着けました。
松坂大輔投手のポスティング移籍で得た資金で獲得した現役メジャーリーガーで、糖尿病の持病のためインスリンを打つ装置を装着してのプレーも話題となりましたが、結果を残せず1年限りで退団しています。

2008年からは岡本篤志投手の背番号が30に変更になりました。
しかし結果を残せず2010年からは59に再変更となり以降はリリーフとして活躍しています。

2010年からはドラフト6位入団の岡本洋介投手が着けました。
先発とリリーフ両方で活躍し2015年には予告先発の前日にリリーフ登板した事もありました。
2018年の開幕前にトレードで阪神に移籍しています。

現役選手


​2018年からは岡本投手とのトレードで獲得した榎田大樹投手が着けています。
同年は先発として11勝を挙げリーグ優勝に貢献しています。
しかし翌年以降は期待に応えられておらず、今シーズンはファームでの登板時に打球が直撃して負傷した影響でまだ1軍登板がありません。
貴重な左腕ですので早い復帰が待たれるところです。




背番号29:サウスポーの番号

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ライオンズの各背番号を背負った選手のうちプレーしていた記憶のある黄金時代以降の選手について思い出などを書いてみようと思います。

変遷


背番号29を着けてプレーしているのを見た記憶のある最も古い選手は杉山賢人投手です。
ルーキーイヤーの1993年に新人王を獲得すると以降もサンフレッチェの一員としてリリーフ陣を支えました。
また丸顔のためアンパンマンの愛称でも親しまれた選手でした。
1999年シーズン中にトレードで阪神に移籍すると以降も複数球団を渡り歩き2001年限りで引退しました。
現在はライオンズの2軍コーチを務めています。

1999年シーズン中からは杉山投手との交換で獲得した平塚克洋選手が着けました。
ウメさんの愛称で親しまれていた選手でしたがライオンズでは目立った結果を残せず2000年限りで引退しています。

2001年からはドラフト2位入団の三井浩二投手が着けました。
入団3年目までは先発とリリーフで併用されて二桁勝利を2度記録し、以降はリリーフとしてチームを支えました。
2008年オフにはポスティングでのMLB挑戦を表明したものの入札が無かったため残留し、2009年限りで引退しています。


2010年からは山崎敏投手の背番号が29に変更になりました。
しかし変更後は1軍登板の無いまま2011年限りで引退し、現在はライオンズの打撃投手を務めています。

2012年からはドラフト2位入団の小石博孝投手が着けました。
特徴的な投球フォームはでんでん太鼓投法と呼ばれ、お立ち台では得意の俳句を披露する事もありました。
しかし2016年以外は1軍に定着できず2019年限りで引退しています。

現役選手


​2020年からは小川龍也投手の背番号が29に変更になりました。
2018年シーズン中にトレードで入団するとリーグ連覇に貢献するなど貴重なリリーフ左腕として活躍しています。
今シーズンは手術の影響で出遅れ現在はファーム調整中ですがリーグ戦終盤は1軍での活躍を期待したいところです。




背番号28:リリーフ投手が多い番号

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ライオンズの各背番号を背負った選手のうちプレーしていた記憶のある黄金時代以降の選手について思い出などを書いてみようと思います。

変遷


黄金期には岡村隆則選手、高山郁夫投手が着けていたようです。

背番号28を着けてプレーしているのを見た記憶のある最も古い選手は竹下潤投手です。
大学時代は控え投手だったものの1991年ドラフト1位で入団しました。
貴重な左腕として主にリリーフとして起用されたものの不整脈の持病の影響もあり期待通りの活躍を見せる事はできず2003年限りで引退しています。
なお1994年のイースタンリーグヤクルト戦では相手の山部投手と共にノーヒットで投げ切り両チーム無安打試合となりましたが、エラーで出塁したランナーの生還を許した竹下投手が敗戦投手となっています。
現在はライオンズのスカウトを務めており多くの選手の獲得しています。

2004年からはドラフト6巡目ルーキーの岡本篤志投手が着けました。
しかし故障の影響などで結果を残せず2008年からは背番号30に変更になっています。
背番号変更後はリリーフとして活躍を見せました。

2008年からは大社ドラフト3巡目ルーキーの藤原良平投手が着けました。
一時期ライオンズからの指名が続いた第一工業大学初のプロ野球選手となっています。
プロ入り後は主にリリーフとして起用されたものの結果を残せず、サイドスローにも転向しましたが目立った成績を残せないまま2018年限りで引退しました。

現役選手


​2019年からはドラフト6位入団の森脇亮介投手が着けています。
昨年は7回を投げるセットアッパーとして活躍しましたが今シーズンは故障で出遅れ前半戦は不安定な投球が続きました。
後半戦はまた安定したピッチングで勝ちパターンとして投げて欲しいです。




背番号27:歴代正捕手の番号

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ライオンズの各背番号を背負った選手のうちプレーしていた記憶のある黄金時代以降の選手について思い出などを書いてみようと思います。

変遷


背番号27を着けてプレーしているのを見た記憶のある最も古い選手は伊東勤選手です。
黄金期の正捕手として実働22年もの間活躍しベストナイン10回、ゴールデングラブ賞11回という輝かしい成績を残しています。
2004年から2007年まではライオンズの監督を務め、以降はロッテの監督を経て2019年からは中日のヘッドコーチを務めています。

伊東選手の残した実績が偉大だったため2004年から3年間は欠番となりますが、2007年には細川亨選手の背番号が27に変更になりました。
強肩と打率は低いものの意外性のある打撃を武器に正捕手として活躍し、ライオンズ在籍時にはベストナインゴールデングラブ賞を1回ずつ獲得しています。
2010年オフにFA権を行使してソフトバンクに移籍し、その後はロッテ、楽天を経て2020年限りで引退しています。

2012年からは炭谷銀仁朗選手が背番号27に変更になりました。
ルーキー時代に高卒捕手としては史上初の新人満塁本塁打を放つなど期待された打撃面ではその後伸び悩んだ感がありました。
しかし強肩などの守備面の評価が高く正捕手の定着するとベストナイン1回、ゴールデングラブ賞を2回獲得しています。
2018年オフにFA権を行使して巨人に移籍し、今シーズン途中からは楽天に在籍しています。

現役選手


​2019年からは炭谷選手の人的補償で獲得した内海哲也投手が着けています。
ライオンズ移籍後は1軍での活躍は少ないものの若手へのアドバイス等で貢献しています。
もちろん選手としても期待していますのでシーズン後半はベテランの投球術を発揮して1軍の先発として活躍して欲しいです。




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ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。