歴代背番号

背番号34:サウスポーの印象が強い番号

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ライオンズの各背番号を背負った選手のうちプレーしていた記憶のある黄金時代以降の選手について思い出などを書いてみようと思います。

変遷


黄金期には鈴木哲投手などが着けていましたがプレーを見た記憶がありません。

背番号34を着けてプレーしているのを見た記憶のある最も古い選手は橋本武広投手です。
1993年オフに世紀のトレードでダイエーから移籍してくると1995年から7年連続で55試合以上に登板するなどリリーフ左腕として活躍を見せ最多ホールドを1回獲得しています。
その働きを評価され1998年にはリーグ優勝の胴上げ投手を任されました。
しかし不振に陥った2002年シーズン途中にトレードで阪神に移籍しました。

2002年途中からは橋本投手とのトレードで獲得したエバンス選手が着けました。
故障で離脱したマクレーン選手の穴を埋めてリーグ優勝に貢献しましたが結局2002年限りで引退しています。

2003年からは帆足和幸投手が背番号34に変更になりました。
すると翌年から先発として2年連続で二桁勝利を挙げる活躍を見せて2006年からは左腕エースの番号である47に変更となりました。

2006年からは新外国人のギッセル投手が着けました。
グラマン投手とツインタワーの愛称をつけられ先発として期待されましたが2年間で7勝を挙げるに留まり2007年限りで退団しています。

2008年からは長田秀一郎投手が背番号34に変更になりました。
好不調の波が大きいながらもリリーフとして活躍しましたが2013年シーズン途中にトレードでDeNAに移籍しています。
なお現在はライオンズからBCリーグ武蔵にコーチとして派遣されています。

2013年途中からはロッテからトレードで獲得した川崎雄介投手が着けました。
リリーフ左腕として期待されたものの結果を残せず2014年限りで退団しています。


現役選手

​2015年からはドラフト2位で入団した佐野泰雄投手が着けています。
2019年にはリリーフ左腕としてリーグ優勝に貢献した以外は故障も多くなかなか結果を残せない状況が続いています。
今年も開幕1軍入りを果たしたものの途中からはファームでも不安定な投球を続けており不本意なシーズンを送っています。




背番号33:主砲候補が着けた番号

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ライオンズの各背番号を背負った選手のうちプレーしていた記憶のある黄金時代以降の選手について思い出などを書いてみようと思います。

変遷


黄金期に着けていた立花義家選手はプレーを見た記憶が無く、垣内哲也選手は背番号12に変わってからの印象が強く、ブリューワ選手も在籍していたという記憶がある程度です。

背番号33を着けてプレーしているのを見た記憶のある最も古い選手は富岡久貴投手です。
1994年ドラフト1位で入団しましたが制球難から結果を残せず1997年オフに広島にトレードで移籍し、以降は2度の出戻りと2度のトレード移籍を経験しました。



1998年からはヤクルトから獲得したブロス投手が着けました。
しかし先発投手として期待されたものの既に弱点が露呈しており全く結果を残す事ができずに1999年限りで退団しています。

2000年からは玉野宏昌選手の背番号が33に変更になりました。
清原和博選手の後の主砲として期待され背番号変更直後にセカンドのレギュラーの座を掴みかけますがその後低迷し、2004年オフにトレードで中日に移籍しました。

2006年からはFA人的補償で獲得した江藤智選手が着けました。
主に代打として起用されプレー面だけでなく若い選手が多いチームの中でベテランとして精神的支柱的な存在となりました。
しかし2009年に打撃不振に陥るとその年限りで引退しています。

2010年からは星秀和選手に背番号が33に変更になりました。
捕手から外野手に転向して主力となる事を期待され、2012年にはキャリアハイの試合出場を果たしたものの目立った成績は残す事ができず2013年限りで退団しています。

2014年からはドラフト2位入団の山川穂高選手が着けました。
2017年後半からレギュラーに定着するとシーズンMVP1回、本塁打王2回、ベストナイン2回を獲得し2020年からは背番号3に変更になっています。


現役選手


​2020年からはギャレット投手が着けています。
リリーフとして起用され昨年は中盤まで勝ちパターン入りしていたものの今年は制球の乱れから痛打を浴びる試合も目立っています。
ストレートの威力は魅力的なだけに残りの試合では快投を見せて欲しいです。




背番号32:内野手の出世番号

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ライオンズの各背番号を背負った選手のうちプレーしていた記憶のある黄金時代以降の選手について思い出などを書いてみようと思います。

変遷


黄金期には石井毅投手、原口哲也投手が着けていましたがプレーを見た記憶はありません。

背番号32を着けてプレーしているのを見た記憶のある最も古い選手は松井稼頭央選手です。
1993年ドラフト3位で入団し2年目の後半からはショートのレギュラーに定着しました。
1997年からは背番号7に変更となりシーズンMVP1回、盗塁王3回、最多安打2回、ベストナイン7回、ゴールデングラブ賞4回を獲得しました。
現在はライオンズの二軍監督を務めています。

1997年には犬伏稔昌選手の背番号が32に変更になりました。
しかし結果を残せず2001年からは背番号64に変更になりました。
なお変更後の2002年には日替わり3番の1人としてリーグ優勝に貢献しています。

2001年には新外国人のデルトロ投手が着けました。
しかしリリーフとして期待されたものの結果を残せず1年限りで退団しています。
なお帰国した直後に交通事故に遭い29歳の若さで急逝しました。
球団は追悼の意を込めて背番号32を1年間の欠番としました。

2003年にはトレードで獲得した細見和史投手が着けました。
しかし2試合の登板に留まり1年限りで退団しています。

2004年からは細見投手と共にトレードで加入した石井義人選手の背番号が変更になりました。
すると2005年には初の規定打席に到達しリーグ4位の打率を記録しています。
その後も主力として活躍し2008年からは背番号5に変更になりました。

2009年からはドラフト3位入団の浅村栄斗選手が着けました。
2011年からレギュラーに定着し2013年にはファーストとして打点王、ベストナイン、ゴールデングラブ賞を獲得しています。
その後も中軸として活躍し2017年には念願の背番号3に変更になりました。

2017年からは永江恭平選手の背番号が変更になりました。
しかしルーキー時代から高い守備力で期待されましたが打撃面で伸び悩み、更に源田壮亮選手の加入で出場機会を減らす事となり2020年限りで引退しています。

現役選手


​2021年からはドラフト3位入団の山村崇嘉選手が着けています。
偶数年ドラフト3位で背番号32を着ける内野手という事で重圧もあるかもしれませんが、シーズン序盤からファームで積極的に起用され打率は低いものの6本塁打を放っています。
守備面も含めてまだ課題は多いですが近い将来には1軍の中軸を打てる選手に成長してくれる事を期待しています。




背番号31:現コーチのいぶし銀外野手

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ライオンズの各背番号を背負った選手のうちプレーしていた記憶のある黄金時代以降の選手について思い出などを書いてみようと思います。

変遷


背番号31を着けてプレーしているのを見た記憶のある最も古い選手は植田幸弘選手です。
1993年オフにトレードで移籍してくると伊東勤選手の控え捕手として活躍しました。
しかし高木大成選手の入団に伴い出場機会を減らすと、故障の影響で1軍出場も果たせなくなり1999年限りで引退しています。

2000年からは小関竜也選手が背番号31に変更になりました。
もともとはイチロー選手と同じ背番号51でしたが自身の憧れの選手である掛布選手と同じ番号への変更を志願したようです。
1998年に新人王を獲得していましたが背番号変更後も主力として活躍し、ベストナインゴールデングラブ賞を1度ずつ獲得しています。
また打席に入る時の登場曲がジーパン刑事のテーマなのも話題となりました。
2005年オフにはMLB移籍を目指して自由契約となりますが、契約がまとまらずに巨人に移籍しています。
現在はライオンズの1軍コーチを務めています。

2006年からは大社ドラフト3巡目入団の吉見太一選手が着けました。
強肩が武器の松坂世代の捕手でしたが打撃に難があり1軍出場の無いまま2009年からは背番号63に変更になっています。
現在はライオンズアカデミーのコーチを務めています。

2009年からはドラフト4位入団の坂田遼選手が着けました。
左のおかわりとして期待されましたが故障がちのため主力に定着する事ができず、2015年からは背番号88に変更になりました。

2015年からは岩尾利弘投手の背番号が31に変更になりました。
4試合を跨いでの9者連続奪三振という記録を達成したものの目立った成績を残す事はできずに2017年限りで引退しました。
現在はライオンズの打撃投手を務めています。

2018年はドラフト5位入団の與座海人投手が着けました。
しかし公式戦出場の無いままオフにはトミージョン手術を受けて育成契約となりました。

2019年からはドラフト7位入団の佐藤龍世選手が着けました。
期待されたものの道交法違反で出場停止処分を受けるなど結果を残せないでいると2021年シーズン中に電撃トレードで日本ハムに移籍しました。

現役選手


​2021年シーズン途中からはトレードで獲得した平沼翔太選手が着けています。
トレード獲得後から1軍帯同していますが秋と春にライオンズのキャンプでみっちりと指導を受けた後に打撃面がどの程度成長するのか楽しみです。




背番号30:印象的な記録を残した選手達

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ライオンズの各背番号を背負った選手のうちプレーしていた記憶のある黄金時代以降の選手について思い出などを書いてみようと思います。

変遷


背番号30を着けていた記憶のある最も古い選手は佐伯秀樹選手です。
プロ初打席初本塁打を記録した選手ですが残念ながら実際にプレーを見た事はありません。

1996年からはドラフト5位入団の原井和也選手が着けました。
同じ和歌山出身の東尾監督の贔屓起用と揶揄された事もありましたが内外野守れるユーティリティプレイヤーとして活躍し、2000年からは背番号6に変更になりました。

2000年からはドラフト4位入団で現コーチの佐藤友亮選手が着けました。
新人ながら本職ではないセカンドで開幕スタメン出場を果たし、初打席で放ったヒットがNPBの21世紀初安打となっています。
翌年以降は本職の外野で出場し2004年は1番バッターとして日本一に貢献しました。
2006年からは背番号10に変更になっています。

2006年からは細川亨選手の背番号が30に変更になりました。
しかし1年着けたのみで翌年は正捕手の番号27に変更になっています。

2007年は新外国人選手のジェイソン・ジョンソン投手が着けました。
松坂大輔投手のポスティング移籍で得た資金で獲得した現役メジャーリーガーで、糖尿病の持病のためインスリンを打つ装置を装着してのプレーも話題となりましたが、結果を残せず1年限りで退団しています。

2008年からは岡本篤志投手の背番号が30に変更になりました。
しかし結果を残せず2010年からは59に再変更となり以降はリリーフとして活躍しています。

2010年からはドラフト6位入団の岡本洋介投手が着けました。
先発とリリーフ両方で活躍し2015年には予告先発の前日にリリーフ登板した事もありました。
2018年の開幕前にトレードで阪神に移籍しています。

現役選手


​2018年からは岡本投手とのトレードで獲得した榎田大樹投手が着けています。
同年は先発として11勝を挙げリーグ優勝に貢献しています。
しかし翌年以降は期待に応えられておらず、今シーズンはファームでの登板時に打球が直撃して負傷した影響でまだ1軍登板がありません。
貴重な左腕ですので早い復帰が待たれるところです。




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ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。