ドラフト

1994年ドラフト:主力として活躍し引退後もチームに貢献している選手達

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過去のライオンズドラフトの思い出を振り返ってみようかと思います。
今回は1994年のドラフトです。

1位:富岡久貴投手(背番号33)


逆指名で入団し即戦力左腕として期待されたものの制球難から結果を残せず、1998年には金銭トレードでカープに移籍しました。
その後は1999年に金銭トレードでライオンズに復帰、2003年に交換トレードでベイスターズに移籍して2004年にプロ初勝利、2005年はトライアウトでライオンズに復帰、2006年に金銭トレードでイーグルスに移籍と複数球団を渡り歩きました。
2007年オフに戦力外になるとBCリーグに移籍し2009年限りで引退しています。
プロでは結果を残せなかったもののライオンズに3度も在籍した珍しい経歴の選手でした。

通算1軍成績:76試合1勝4敗-H0S 防御率4.20

2位:小関竜也選手(背番号51)


高校時代はエース投手でしたがプロ入り後は外野手に転向しました。
なお高校時代の控え投手がマリーンズに在籍したアンダースローの渡辺俊介投手でした。

入団4年目にレギュラーを獲得し新人王を獲得するとベストナインゴールデングラブ賞を1回ずつ獲得しています。
派手さはないもののいぶし銀の活躍で東尾監督の連覇などに貢献しました。
引退後は2020年からライオンズの外野守備走塁コーチを務めています。



通算1軍成績:982試合806安打18本塁打259打点83盗塁 打率.276

3位:西口文也投手(背番号13)


入団1年目はアメリカに野球留学すると2年目以降はエースとしての活躍を見せます。
沢村賞シーズンMVPをを1回ずつに加え、最多勝2回、最多奪三振2回、最高勝率1回、ベストナイン2回、ゴールデングラブ賞3回と数々のタイトルを獲得しました。

東尾監督、伊原監督、伊東監督、渡辺監督時代のチームに貢献し日本シリーズに5回出場していますが、0勝5敗と未勝利に終わっています。
また2度のノーヒットノーラン未遂と1度の完全試合未遂もあるなど悲運のエースという印象が強く残っています。

2016年からはライオンズで投手コーチを務めています。
成長段階の先発投手陣の整備に手腕を発揮してくれる事を期待しています。

通算1軍成績:436試合182勝118敗3H6S 防御率3.73

4位:高木浩之選手(背番号40)


入団3年目頃から主力に定着し、おもに9番セカンドとして渋い働きながらもチームの勝利に大きく貢献しました。
ベストナインとゴールデングラブ賞を1回ずつ獲得しています。
ノーサインでセーフティスクイズを決めるなど野球偏差値の高い選手という印象でした。

引退後は2012年から2020年までライオンズでコーチを務めました。



通算1軍成績:1002試合643安打10本塁打186打点27盗塁 打率.256


5位:寺本比呂文投手(背番号47)


入団2年目に初セーブ、4年目に初勝利を挙げますが活躍はできず2001年限りで引退しました。
なお背番号47を与えられた事から工藤公康投手のイメージが残っており、入団後しばらくは左腕だと思い込んでしまっていた記憶があります。

通算1軍成績:16試合1勝1敗-H1S 防御率4.39

6位:山田和幸選手(背番号60)


準硬式から指名された初の野手となりました。
しかし学生時代からイップスになっていた事に加え、内臓疾患を発生した事から1996年限りで退団しています。
プロでどのようなプレーをするのか見てみたかった選手でした。

通算1軍成績:出場なし

総括


​富岡投手は期待通りの活躍はできなかったものの、小関選手、西口投手、高木選手という東尾監督以降の主力を獲得できたドラフトでした。
特にエースとなった西口投手を3位で指名できたのは大きかったと思います。


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入団4年目で全員が1軍昇格を経験した2017年ドラフト


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全8選手


4日に綱島龍生選手が1軍昇格した事で育成を含めた2017年ドラフトで指名された全選手が1軍昇格を経験した事になりました。

1位の齊藤大将投手は1年目から1軍を経験し勝利投手になっています。
しかし田嶋投手の抽選を外した後に即戦力左腕に拘って指名されたものの、翌年以降は制球難もあり結果を残せないでいます。
2軍でも試合毎の調子の差が激しいだけにまずは安定感を増す必要があります。

2位の西川愛也選手は3年目の昨年にプロ初ヒットを記録しました。
今年は開幕スタメン入りを果たしたもののまだ無安打ですが、天才的な打撃センスを秘めているだけにまずは今シーズン初安打を記録したいところです。

3位の伊藤翔投手は1年目の後半からリリーフとして活躍し、登板した直後にチームが逆転するという勝ち運にも恵まれて3勝を記録しました。
2年目以降は伸び悩んだものの今年は開幕1軍入りを果たすと重要な場面で起用されていますので、飛躍のシーズンとして欲しいです。

4位の平良海馬投手は2年目の後半からリリーフに定着すると昨年は新人王を獲得しました。
今年もセットアッパーとしてタイトル獲得にも期待したいです。

5位の與座海人投手は公式戦登板の無いままトミージョン手術を行い育成契約も経験しました。
支配下に戻った昨年は開幕ローテーション入りして2勝を挙げています。
しかし昨年後半からは2軍でも結果を残せない事が多いため、制球面や変化球の精度を高めたいところです。

6位の綱島龍生選手は昨年後半から打撃面が向上し、外崎選手の離脱の影響による緊急昇格となりました。
4日の試合では出場機会はありませんでしたが、1軍でも打撃が通用するか見たいところです。
ただし1軍定着のためには守備面の成長も必要ではないかと思います。

育成1位の高木渉選手は1年目のオフに支配下登録を勝ち取ると、昨年はプロ初安打に初ホームランを記録しました。
今シーズンはファームで圧倒的な成績を残していましたが先日の試合でヒットを放った後で足を痛めた素振りで交代しており状態が気になるところです。
プロ入り後は良いところでの怪我が多いため、故障しない身体作りも必要そうです。

育成2位の齊藤誠人選手は2年目の途中支配下登録されると昨年1軍登録はされましたが試合出場無く抹消となりました。
1軍での試合出場のためには2軍でもほとんど打てていない打撃面を向上させる必要があるかと思います。

全員が1軍登録経験はあるものの現時点で主力となっているのは平良投手のみです。
しかし潜在能力が高い選手が多く今シーズンの飛躍のきっかけを掴んでいる選手もいますので1人でも多くの選手が主力に育ってくれる事を期待しています。


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2003年ドラフト:下位指名選手が主力として活躍

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過去のライオンズドラフトの思い出を振り返ってみようかと思います。
今回は2003年のドラフトです。

自由枠:山崎敏投手(背番号17)


他球団との争奪戦を制して平成国際大学から自由獲得枠で入団しました。
先発左腕として期待され1年目から3勝を記録し、2007年にはリリーフとして45試合に登板する活躍を見せました。
しかし翌年以降は制球難などもありほとんど1軍登板を果たす事なく2011年限りで退団しました。

通算1軍成績:67試合6勝4敗4H0S 防御率5.15

2巡目:黒瀬春樹選手(背番号56)


高校生離れしたスイングスピードが持ち味で将来の正遊撃手として期待されました。
しかし失策が多く1軍ではほとんどショートでは起用されず自慢の打撃面でも結果を残す事ができずに、2011年シーズン中にタイガースへとトレードになりました。

通算1軍成績:79試合23安打1本塁打32打点2盗塁 打率.211

4巡目:松川誉弘投手(背番号48)


多彩な変化球が持ち味の高校生左腕でした。
中継ぎなら即1軍でも通用するとの高評価でしたが、故障などもあり1軍登板の無いまま2007年限りで退団しています。

通算1軍成績:出場なし

5巡目:松坂健太選手(背番号58)


入団時にに松坂大輔投手も在籍していましたが、こちらの読みは濁らない「まつさか」です。
強肩と強打が持ち味の外野手で2008年には開幕スタメンの座を射止めるなど順調に成長していました。
しかし故障や内臓疾患の疑いなどで2010年オフに自由契約となり、トライアウトを経てファイターズに入団したものの1軍出場無く翌年限りで退団しました。

通算1軍成績:81試合32安打3本塁打18打点5盗塁 打率.235

6巡目:岡本篤志投手(背番号28)


即戦力として期待されたもののなかなか結果を残せませんでしたが、7年目の2010年から1軍に定着します。
ロングリリーフやセットアッパーなどリリーフとしてチームを支えました。
しかし故障の影響もあり2016年限りで引退しています。

通算1軍成績:265試合11勝11敗58H10S 防御率4.34

7巡目:佐藤隆彦選手(背番号46)


アメリカ球界を経てテスト入団しました。
幼少期にジジイと呼ばれていたため登録名はG.G.佐藤になりました。
指名時は捕手でしたが外野手に転向すると2007年からは主軸を打つようになります。
日本人離れしたパワーに加えてお立ち台のパフォーマンスでも人気を博しました。
しかし毎年のように契約更改で揉めており、1軍出場の無かった2011年限りで自由契約となりました。
その後はイタリア球界を経て2013年にマリーンズに入団しますが、2014年限りで引退しています。
NPBでも一定の成績を残していますが、野球ファンにとってはオリンピックでの落球のイメージが強く残ってしまっているのではないでしょうか。

通算1軍成績:587試合507安打88本塁打270打点12盗塁 打率.276

8巡目:杉山春樹投手(背番号62)



高校時代から注目されていた松坂世代の投手ですが故障などで大学ではほとんど登板機会が無く、卒業後の1年間のアルバイト生活を経ての指名となりました。
しかし1軍出場は果たせず2006年限りで退団しています。

通算1軍成績:出場なし

総括


​山崎投手、松川投手を指名し左腕を強化しようという意図は見えましたが、上位指名選手は活躍する事ができませんでした

しかし下位の岡本投手、佐藤選手が主力としてチームを支える活躍を見せています。
特に佐藤選手は成績面だけで無くキャラクター面でもファンの印象に強く残っている選手ではないでしょうか。


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1986年ドラフト:根本時代の真骨頂となるサプライズ指名

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過去のライオンズドラフトの思い出を振り返ってみようかと思います。
今回は1986年のドラフトです。

1位:森山良二投手(背番号31)


他球団はほぼノーマークの選手で更に野球部のないONOフーヅ所属というサプライズ指名となりました。
これは高校時代から素質に惚れ込んでいた根本氏が前年に大学を中退させた上でこの年の指名にこぎつけたという裏があったようです。
なお本来はドラフト外獲得の予定だったものの他球団に動きを察知されたためドラフト指名に切り替えたという話もあるようです。

1年目は4試合の登板に終わりましたが2年目には先発ローテーションに入り、二桁勝利を挙げて新人王を獲得しました。
しかし翌年以降は故障もあり勝ち星を挙げることができず、1993年の開幕前にトレードでベイスターズに移籍しました。

1995年に引退した後はライオンズも含めた複数球団でコーチを歴任しており、2021年現在はホークスの1軍コーチを務めています。

通算1軍成績:86試合14勝15敗-H0S 防御率4.21

2位:中村日出夫選手(背番号54)


高校生スラッガーとして期待され2軍ではホームランを量産した年はあるもののライオンズでは1軍で無安打に終わっています。
1993年開幕前に森山投手と共にベイスターズに移籍するとプロ初安打を記録しますが、1軍定着はならずに1995年限りで引退しました。

通算1軍成績:32試合6安打0本塁打5打点0盗塁 打率.182

3位:小川宗直投手(背番号34)


即戦力サウスポーとして開幕1軍入りを果たしましたが制球に難があり結果を残せませんでした。
1989年オフにトレードでドラゴンズに移籍し、更に1990年オフにバファローズに移籍しますが1991年限りで退団しています。
翌年は台湾球界入りしますがやはり結果は残せずにその年限りで引退しました。

通算1軍成績:22試合0勝1敗-H0S 防御率4.30

4位:山本勝典投手(背番号60)


ホークスと競合しましたが抽選を引き当てて獲得に成功しました。
しかし1992年に1軍昇格を果たしたものの結果は残せず1994年限りで引退しました。

通算1軍成績:3試合0勝0敗-H0S 防御率12.71

5位:亀井猛斗投手(背番号66)


高卒のサウスポーで1年目の1A野球留学では二桁勝利を挙げたようです。
しかし1軍では2試合の登板に留まり1993年限りで引退しました。

通算1軍成績:2試合0勝0敗-H0S 防御率11.57

6位:山尾伸一選手(背番号69)


高卒の外野手でしたが1軍出場を果たせないまま1990年限りで引退しています。

通算1軍成績:出場なし

総括


​2年後のオリンピックに向けて多くの選手が指名凍結となった影響もあるようですが、無名選手をサプライズ指名するという当時のライオンズらしいドラフトだったのではと思います。

ただし森山投手は新人王を獲得したとは言え活躍は1年のみで、他の選手も黄金期の厚い選手層の影響もあって活躍できず、戦力補強という面ではあまり成果の無かった年ではないでしょうか。



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1991年ドラフト:目玉投手の抽選を外し2番手投手を外れ1位指名

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過去のライオンズドラフトの思い出を振り返ってみようかと思います。
今回は1991年のドラフトです。

1位:竹下潤投手(背番号28)


この年の目玉だった若田部健一投手に入札したものの抽選を外し、外れ1位で指名したのが大学で若田部投手の控えだった竹下潤投手です。
左腕不足のチーム事情から先発として期待されたものの結果を出せませんでしたが、東尾監督就任後はリリーフとして起用されて結果を残し始めます。
しかし不整脈を発症して徐々に登板機会を減らすと2003年限りで引退しました。

竹下投手といえば大敗の試合でファンサービスで登板したデストラーデ選手が作った満塁のピンチを無失点で切り抜けた試合が印象に残っています。
またイースタンリーグではノーヒットに抑えつつもエラーで出したランナーをスクイズで返してしまい、ノーヒットワンランで敗戦という珍しい記録を持っています。
なおこの試合は相手投手はノーヒットノーランで勝利しており、両先発投手がノーヒットに抑えるという現時点でNPB唯一の試合となっています。

現在はライオンズでスカウトを務めており2017年から齊藤大将投手、松本航投手、宮川哲投手、渡部健人選手と4年連続で1位指名選手を担当し、2019年は他にも浜屋将太投手、井上広輝投手、出井敏博投手も担当しているなど次世代の主力選手の獲得に貢献しています。


通算1軍成績:162試合12勝12敗-H1S 防御率4.13

2位:新谷博投手(背番号17)


​高校時代は夏の甲子園で27人目の打者に死球を与えて完全試合を逃すもノーヒットノーランを達成しています。
その実績を買われて1982年ドラフトでスワローズに2位指名されますが入団を拒否し、大学と社会人を経てこの年のドラフトでライオンズに入団しました。

スリークォーターの投球フォームで1年目から先発にリリーフにと活躍し、1994年からは3年連続で二桁勝利を記録して最優秀防御率のタイトルも1回獲得しています。
しかしその後は徐々に成績を落とすと1999年オフに戦力外となりファイターズに移籍し、2001年限りで引退しています。

現在はライオンズレディースの監督を務めています。

通算1軍成績:238試合54勝47敗-H14S 防御率3.64

3位:熊沢当緒琉選手(背番号35)


地元埼玉のスラッガーとして期待されましたが1軍出場を果たせないまま1998年限りで引退しています。
引退後はチームスタッフとして残りましたがその独自のトレーニング法などに松井稼頭央選手が傾倒し、松井選手のMLB移籍時には個人トレーナーを務めています。
また2008年から2011年まではライオンズでコーチを務めるなど、選手としての実績はないにも関わらず引退後に指導者として実績を残した選手でした。

通算1軍成績:出場なし

4位:松田和哉投手(背番号56)


1軍出場の無いまま1999年限りで引退しています。
ファームで結果を残していた時期はあったものの1軍投手陣の状態も良くタイミングが合わなかったシーズンがあったように記憶しています。

通算1軍成績:出場なし

5位:神野信哉投手(背番号63)


左腕として期待されましたがやはり1軍出場無いまま1996年限りで引退しています。

通算1軍成績:出場なし

6位:千原淳弘投手(背番号66)


垣内選手に続いて日高中津分校から2人目のプロ野球選手となりました。
しかしやはり1軍出場無く1997年限りで引退しました。

通算1軍成績:出場なし

7位:渡辺孝男選手(背番号62)


強肩が武器の捕手として1軍登録される事はあるものの伊東選手の壁は厚く1軍出場は4試合に止まり2000年限りで退団しました。
退団後はサンワード貿易でプレーしていましたが2003年にファイターズに入団し、NPB退団後に社会人でプレーした後でNPBに復帰した最初の選手になりました。
しかしファイターズでは1軍出場する事無く2004年限りで退団しています。

通算1軍成績:4試合0安打0本塁打0打点0盗塁 打率---

8位:日月鉄二選手(背番号69)



元々槍投げの選手で1988年から練習生として在籍しており、練習生制度の廃止に伴って改めてドラフトで指名されました。
しかし1軍出場は果たせずわずか1年で退団しています。

通算1軍成績:出場なし


9位:蒲谷和茂投手(背番号71)


1984年のドラフトでホエールズから指名されましたが拒否して社会人に進んでいます。
オリンピック候補になるなど有望な選手だったようですが、1988年に交通事故に遭い再起不能と言われるほどの重傷を負ってしまいます。
復活を目指して1991年にライオンズの練習生となり本ドラフトで指名されましたが、完全復活は果たせずに1年限りで引退しています。

通算1軍成績:出場なし

総括


竹下投手の指名はライオンズらしい独自ドラフトだったと思います。
それだけ左腕を欲していたのかもしれませんが結果的に成績はドラフト1位としては物足りなさを感じてしまいます。
ただし不整脈が無ければもう少し活躍できたかもしれませんし、引退後のスカウトとしての活躍は非常に目立っていると思います。


また練習生廃止の影響で大量9名を指名しましたが、1軍の戦力になったのは竹下投手、新谷投手のみで大きな戦力補強とはならなかった年でした。


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ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。