思い出の試合

思い出の試合:1994年6月8日 日本ハムファイターズ戦

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緊急登板


先発は村田勝喜投手でしたが先頭から2者連続でヒットを打たれたところで腰痛を訴えてわずか4球で降板してしまいました。


この緊急事態に2番手として登板したのが鹿取義隆投手です。
ブルペンで3球投げれば肩ができると言われていた鹿取投手ですが、さすがにまだ準備ができておらずヒットと内野ゴロの間に1点を先制されてしまいました。
しかし2回以降は立ち直りファイターズ打線を完璧に抑えていきます。

打線は3回に同点に追いつき試合は膠着状態となりますが、ついに9回表にライオンズが勝ち越し点を奪い均衡を破ります。
すると鹿取投手は9回裏もマウンドに上り、そのまま試合を締め括りました。
結果的に1回無死から9回までをわずか97球で投げ切り、許したヒットは初回の1本のみという完璧な内容で勝利投手となっています。

この試合の時点で37歳のベテランかつプロ生活ではほとんどリリーフ一筋だったため、イニング毎に流石にそろそろ交代だろうと思っていましたが、あれよあれよという間に抑え続けていく姿にとても驚いた記憶があります。
まさに鉄腕と呼ぶにふさわしい投手だと改めて認識した試合でした。

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思い出の試合:1994年4月9日 近鉄バファローズ戦

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劇的な幕切れ


2021年シーズンが開幕しましたが27年前の開幕戦は劇的な試合となりました。

試合は郭泰源投手野茂英雄投手の両開幕投手が好投を見せて8回まで両チーム共に得点を奪う事ができません。
しかし9回表にバファローズの石井浩郎選手が3ランを放ちついに均衡が破れます。

そして8回までライオンズ打線をノーヒットノーランに抑えていた野茂投手は偉業達成に向けて9回裏のマウンドに上がります。
しかし先頭打者の清原和博選手はライト越えの2塁打を放ちノーノーを阻止します。

そこから1死満塁のチャンスを作るとバファローズは抑えの赤堀元之投手を投入しました。
しかし打席に入った伊東勤選手が7球目を振り抜くと劇的な逆転満塁サヨナラ弾となり、見事にライオンズが開幕戦勝利を収めたという試合でした。

野茂投手は入団以来4年連続の最多勝、最多奪三振に加えて最多イニングを投げて最多与四球とバファローズの不動のエースとして君臨していました。
しかし試合前にこの試合は野茂と心中と公言していた鈴木監督が赤堀投手への継投を選んで敗戦するなど、野茂投手と監督、球団との溝は深まっていき、最終的に野茂投手は翌年からMLBを活躍の舞台に移す事になりました。


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思い出の試合:2012年4月26日 ソフトバンクホークス戦

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決意のコンバート


2012年のライオンズは開幕から不振が続き、最下位で敵地でのホークス戦を迎えました。

この試合も打線が振るわず2点ビハインドで最終回に入ると、ホークスは抑えの切り札であるファルケンボーグ投手を投入します。
しかし打線は粘りを見せて2死2、3塁のチャンスを作ると、ホークスベンチは中村剛也選手を敬遠して満塁策を取ります。
すると続く米野智人選手が2球目のストレートを振り抜くとレフトスタンドに飛び込む逆転満塁ホームランとなったのでした。

試合開始時点でファルケンボーグ投手は8戦8セーブで防御率は0.00と抜群の安定感を誇っており諦めムードも漂っていただけに、ファンも大歓喜の1発となりました。
前年にトレード移籍してきた米野選手は捕手として結果を出せずにこの年から外野手転向しており、試合を実況していた斉藤一美アナの「これが決意のコンバート」という名実況と共に今でも強く印象に残っているファンも多いのではないかと思います。

結局米野選手のライオンズ在籍時代に放ったホームランはこの1本のみに終わりましたが、ファンにとって忘れられない思い出深い選手となりました。
なお今年から改装されたメットライフドームで米野氏の経営するヴィーガン料理のお店も出店されており、OB選手の新しい関わり方として注目しています。

なお今でも鮮明に覚えているこの試合ですが、2番手で登板して好投を見せたのがこの年まで投手だった木村文紀選手で、感覚以上に時が流れているのだなと感じてしまいます。


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思い出の試合:1996年5月15日 日本ハムファイターズ戦

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大飛球を巡る判定


前も少し触れた事のある試合ですが改めて書いてみます。

4回のライオンズの攻撃で打席に入った森博幸選手がファイターズの岩本投手から右中間に放った打球はぐんぐん伸びてスタンドの最前列辺りの何かに当たって跳ね返ります。
一旦は二塁塁審が右腕をグルグルと回してホームランと判定しますが、ファイターズの上田監督が抗議に出ると審判団で協議した結果フェンスに当たったという事で二塁打に判定が覆ります。

すると1番近くで見ていた審判の判定が覆るのはおかしいとライオンズの東尾監督が抗議した結果、再び審判団が協議に入りますがビデオ判定が無い時代のためなかなか結論が出せません。
そして20分以上経過してからようやく出た判定が間を取って三塁打でした。

一応判断の根拠としては普通に打球処理が行われていても三塁に行けていたとの事でしたが、上田監督は森選手の足では三塁は無理とコメントしており、ファンとしてもその通りと思った記憶があります。
観戦しているファンは放ったらかし状態だったため上田監督もこれ以上の抗議はせずに試合再開となり、続く打者の犠牲フライで森選手が生還し、試合もライオンズが勝利しました。

外野席で観戦していたファイターズファンの試合後のコメントによるとスタンドの中の手すりに当たっており最初のホームランの判定が正解だったようです。
結果的にホームランと同じ1点が入った形になりましたが、判定が二転三転して結論が出るまでに時間がかかったために、ファイターズ側の気持ちの切り替えが難しかった部分もあるのではと思います。

VTR判定やリクエストが導入された今では絶対にあり得ない判定ですが、当時でもさすがにおかしい判定だと思いつつもそれが許された時代なのかなとも思ってしまいます。

思い出の試合:2015年9月30日 オリックスバファローズ戦

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まさかのリリーフ起用


今でもネット上で話題になる事があるため、まだ記憶に新しい試合ではないかと思います。

序盤からライオンズ打線が爆発し5回までに8点を奪いますが、ライオンズ先発の野上投手もピリッとせず4回途中3失点でKOされます。
更に2番手の武隈投手が5回裏1死1、2塁のピンチを招いた場面で3番手として登板したのが岡本洋介投手でした。
この年の岡本投手はリリーフ起用メインではありましたが、岡本投手が翌日の予告先発投手として発表されていたため、投手交代のコールが行われるとファンの間でどよめきが起きました。
この状況で登板した岡本選手は最初のバッターにタイムリーを打たれたものの続くバッターを併殺に打ち取ってマウンドを降り、見事チームの勝利に貢献しました。

しかし翌日に予定通り先発した岡本投手は3回途中までに5安打を浴びて2失点(自責点1)でマウンドを降り、打線の援護も無く敗戦投手となってしまいました。

この試合を改めて振り返ってみると、まず通常はベンチ入りしない翌日の先発投手をメンバー入りさせている時点で、リリーフ起用の可能性を考えていたのだと思います。
その上で今で言うオープナーのように1イニング限定の登板であればまだ理解できますが、通常の先発のように極力長いイニングを投げて欲しいというような起用でした。
例えば岡本投手が連投の方が調子が良いなどチーム内のデータ等があったのかもしれませんが、特に試合後のコメント等でも言及は無かったため、真相は今でも闇の中となっている選手起用でした。



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ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。