思い出の試合

思い出の試合:松坂投手ルーキーイヤーの言葉

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1999年4月21日 千葉ロッテ戦


松坂大輔投手の3度目の登板は相手エース「ジョニー」黒木投手との投げ合いとなりました。
両チーム無得点で迎えた6回に先制を許すと7回にも1点を失いこの回でマウンドを降ります。
結局7回2失点の好投ながらも打線の援護なく敗戦投手となった松坂投手は試合後に「リベンジします」というコメントを残しました。

そして迎えた翌週4月27日の千葉ロッテ戦は再び黒木投手との対戦となりました。
この試合も両先発の投げ合いとなりましたが味方が6回に挙げた1点を守り切り、見事にプロ初完封勝利を記録すると同時にリベンジ達成となりました。

このリベンジは巨人上原投手雑草魂と共に同年の流行語大賞を受賞しました。
もともと知られていた言葉ではありましたが一般的に広く使われるようになったのはこの試合での松坂投手のコメントがきっかけでした。

1999年5月16日 オリックス戦


稀代のヒットメーカーイチロー選手との初対決が注目されました。
初回の初打席ではストレートで空振り三振を奪うと、3回には変化球で見逃し三振、6回には変化球で空振り三振で見事に三打席連続三振を奪いました。
そしてこの試合に勝利した後には「自信が確信に変わりました」との言葉を残しました。

この2ヶ月後の対戦ではイチロー選手にプロ通算100号本塁打を浴びるなどプロの厳しさも味わいました。
それでもこの試合での確信を得た通りプロ1年目から最多勝を獲得する活躍を見せました。

引退登板


松坂投手は19日の日本ハム戦で引退登板が予定されています。
プレーだけでなく言葉でもファンを魅了してきた松坂投手だけに引退登板でのピッチングだけでなく会見でどのような言葉を残してくれるのかも注目したいです。


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思い出の試合:1999年4月9日 日本ハムファイターズ戦

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衝撃デビュー


松坂大輔投手の公式戦初登板試合です。

平成の怪物と呼ばれ甲子園春夏連覇を成し遂げて鳴り物入りでプロ入りを果たした松坂投手ですがオープン戦ではプロの洗礼を浴びました。
それでも開幕ローテ入りを果たし期待と不安が入り乱れる中で初先発を迎えました。

初球は149km/hのストレートで見事に空振りを奪います。
そして2死後に迎えた片岡選手に対して2-2から投じた1球はなんと155km/hを記録し見事に空振り三振を奪いました。
この時にフルスイングした片岡選手がバランスを崩して膝をついてしまう映像は松坂投手の衝撃的なデビューの象徴としてこれまで幾度となくテレビなどで流されています。

その後も6回1死までノーヒットに抑える快投を続けます。
しかし小笠原選手に初ヒットを許し、8回にはホームランを浴びて完封を逃したところでこの回限りで降板となりました。
それでも8回を2失点に抑えてプロ初勝利を記録する素晴らしいデビュー戦となりました。

その後もローテーション投手として活躍を続け1年目から最多勝、ベストナイン、ゴールデングラブ賞を獲得しています。


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思い出の試合:2008年11月16日 統一ライオンズ戦

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伝説の走塁再び


渡辺久信監督初年度のこの年は見事にリーグ優勝、更に日本一を成し遂げます。

そして当時開催されていた日本、韓国、中国、台湾の4カ国のチャンピオンチームで争うアジアシリーズへと駒を進めました。
予選リーグ初戦は敗れたもののその後は連勝し決勝となるこの試合に臨みました。

試合は投手戦となりライオンズは涌井秀章投手、星野智樹投手、大沼幸二投手のリレーで9回まで無失点に抑えます。
しかし打線も決め手を欠き無得点のまま9回裏の攻撃を迎えます。

9回裏も簡単に2死を取られたものの石井義人選手が四球で出塁します。
すると続く佐藤友亮選手のセンターへのヒットの間に石井選手が長駆ホームインし、サヨナラ勝ちで見事にアジア王者に輝いた試合となりました。
アジア大会開始後4年連続で日本勢が優勝していただけに面目を保つ形となりました。

この石井選手の走塁は1987年日本シリーズにおける辻発彦選手の走塁を思い起こさせるような素晴らしいものでした。
背景としてセンターの選手は山なりの送球が多いなど統一側の守備の緩慢さをあらかじめ研究していた事や、外野の守備シフトなども踏まえた判断があったようです。

渡辺監督の怒らない指導法で若手選手がのびのびプレーできている反面大雑把にもなっているように思えましたが、黄金期から受け継がれている緻密さはまだ健在だと感じた一戦でした。


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思い出の試合:2014年8月16日 日本ハムファイターズ戦

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黄金ルーキー


2014年は森友哉選手のルーキーイヤーです。
開幕からファームでは好成績を残していましたが捕手として実戦経験を積ませるという育成方針もあり2軍での出場が続いていました。

しかし1軍は開幕から躓きなかなか浮上できない状況が続いていたため、打線の起爆剤として7月下旬に1軍初昇格を果たしました。
7月30日にプロ初ヒットを放つと8月14日にはプロ初ホームランを放ちます。
更に8月15日に2試合連続ホームランを放ったという状況でこの試合を迎えました。

この試合は両チーム共に投手陣が安定せず中盤から点の取り合いとなり、1点リード9回には高橋朋己投手が同点打を浴びて7-7のまま延長戦に突入します。
そして延長10回には勝ち越しホームランを打たれ敗戦ムードが漂います。
しかしその裏に森友哉選手増井投手から代打ホームランを放ち引き分けに持ち込みました。

なおこれでプロ1号から3試合連続のホームランとなりましたが高卒新人としては史上2人目の記録だったようです。
ドラフト指名時から打てる捕手としてファンからの期待を集めていましたが、想像を上回る活躍を予感させる試合となりました。

なおこの活躍により早い段階で1軍起用しなかった首脳陣を批判する声もありました。
しかし捕手という特殊なポジションのため守備面の強化も図るためにファームでの出場機会を重視した判断は間違いではなかったと個人的には思っています。


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思い出の試合:1998年10月12日 千葉ロッテマリーンズ戦

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盗塁王争い


1998年はロッテの小坂選手松井稼頭央選手が激しい盗塁王争いを繰り広げていました。
その状況下で10/10からのシーズン最後の3連戦となる直接対決を迎えます。

10/10終了時点で小坂選手は43盗塁、松井選手は41盗塁と2個差の状況でした。
10/11の試合では両選手ともに積極的に盗塁を仕掛けたものの小坂選手は2失敗、松井選手は1成功3失敗となり1個差でシーズン最終戦を迎える事になりました。

この試合でもまず両選手共に1回ずつ盗塁を失敗します。
そして迎えた7回表に小坂選手がヒットを放ち盗塁のチャンスを迎えます。
この場面で芝崎和広投手の1塁牽制球が悪送球となりますが小坂選手は進塁しませんでした。
すると次の芝崎投手の投球はボークとなり結局小坂選手は2塁に進む事となり、その後三盗を試みますがタッチアウトとなりました。

その裏の攻撃では2死1塁の場面で松井選手がヒットを放ちます。
すると2塁走者の和田一浩選手と共にダブルスチールを決め、最終的に小坂選手と並んで2年連続の盗塁王獲得を決めた試合となりました。

この試合では芝崎投手の牽制悪送球やボークは故意ではないのか、悪送球となった際に小坂選手が進塁の意思すら見せなかったのも問題ではないかと物議を醸しました。
また両選手が2塁に進んだ際にポジションを無視してショートがセカンドベースに張りつくなどのシーンもありました。
結果的に球史に残るほど非常に後味の悪いタイトル争いとなってしまい、ファンとしても素直に喜べなかった記憶があります。

他球団でも首位打者や本塁打王争いをしている選手に対して敬遠攻めを行うシーンなども良く目にしましたが、ファンとしてはやはりある程度フェアな状況下でのタイトル争いを行なって欲しいと思ってしまいます。


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ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。