思い出の試合

思い出の試合:1996年7月20日 オールスターゲーム

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オールスター第1戦


1996年のオールスターゲーム第1戦は福岡ドームで開催されました。
ライオンズからはファン投票で清原和博選手、監督推薦で西口文也投手、伊東勤選手が出場しています。

試合は1回にイチロー選手の先頭打者初球ホームランを放つと、5番ブリトー選手にも2ランが飛び出しパリーグが3点を先制します。
6回に同点に追いつかれますがその裏に初芝選手のタイムリーで1点を勝ち越すと、代打山本選手に3ランが飛び出しました。
その後は9回のセリーグの反撃を1点に抑え7-4でパリーグが勝利しました。

この試合を現地で観戦しておりいきなりのイチロー選手の1発には興奮しました。
また前年までホークスに在籍していた山本選手は古巣福岡ドームでの劇弾でMVPを獲得しヒーローインタビューで涙する姿は観客の感動を呼ぶなど見どころの多い一戦となりました。

なおライオンズの選手の成績は4番で出場した清原選手は2安打1四球の活躍を見せ、8番で出場した伊東選手は2打席凡退したところで交代となりました。
ちなみに第2戦では清原選手がMVPが獲得しお祭り男の本領を発揮しています。

今年のオールスター第1戦はメットライフドームで開催されます。
出場選手は今後発表となりますが出場が決まった選手達には本拠地で躍動する姿を見せて欲しいです。


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思い出の試合:2015年9月27日 千葉ロッテマリーンズ戦

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稀哲さんに回せ!


前にも少し触れた試合ですが改めて書いてみます

この試合はファイターズ、ベイスターズで活躍し2014年からライオンズに加入していた森本稀哲選手の引退試合となりました。

ベンチスタートとなった森本選手森友哉選手との交代で8回表の守備から登場します。
打順は7番に入りましたがこの時点でライオンズはリードしており、8回裏の攻撃は1番からだったため森本選手に打席が回らない可能性は低くなっていました。

当時チームはCS争い中で僅差の展開だったためこのような起用となったようです。
しかし引退試合なだけにもう少しうまい起用はできなかったのかとテレビで観戦しながら思ってしまったのを覚えています。

森本選手自身も自分には打席が回ってこないと思っていたようです。
しかし8回裏の攻撃が始まるとベンチから「稀哲さんに回せ!」の声が上がります。

すると先頭の秋山翔吾選手が2塁打、2番の渡辺直人選手が死球で出塁します。
3番の浅村栄斗選手はバントを試みると相手の悪送球で1点を追加します。
更に4番の中村選手は犠牲フライを放ち更に1点を追加しました。

そして1死1塁の場面で5番のメヒア選手が打席に入りますが、打球はゲッツーにおあつらえ向きのサードゴロとなり万事休すと思われました。
しかしメヒア選手は普段見せないほどの全力疾走で1塁はかろうじてセーフとなります。
続く6番の栗山巧選手は粘りを見せ際どい判定もあったものの四球を選びました。

こうして味方打線の粘りで打席が回ってくる事が決まった瞬間、ネクストバッターズサークルの森本選手からの目からは大粒の涙が溢れ出していました。
その光景を中継で見ながら同じく涙が出てきてしまいましたし、今でも思い出すと目が潤んでしまいそうになるほどのシーンでした。

結局森本選手はサードゴロに倒れましたが最後に打席に立てて本当に良かったと思います。
明るいキャラクターとパフォーマンスが売りの選手でしたが野球への姿勢は真剣でしたし、ベンチから自然に声が上がりメヒア選手も全力疾走でなんとか打席を回そうとするなど、ファンだけでなくチームメイトからも慕われた選手だったのだなと感じた引退試合となりました。

そしてこの年はチーム自体が低迷していたシーズンでしたが、この試合で見せた一体感をシーズン序盤から出せていれば優勝争いにも加われたのではと思えたほどの試合でした。


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思い出の試合:1995年4月1日 ダイエーホークス戦

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東尾監督の初陣


1994年オフに黄金期を築いた森監督が退任し東尾監督が就任しました。
初陣となる1995年開幕戦は同じく新監督の王監督率いるホークスとの対戦となりました。

開幕投手を務めた郭泰源投手は立ち上がりから安定せず無死満塁のピンチを招くと新外国人ミッチェル選手に初打席満塁ホームランを浴びてしまいます。
更にその後も連打を浴び初回にいきなり7点のリードを奪われてしまいました。

しかし打線も前年までのチームメイト工藤投手を攻め2回に垣内哲也選手のホームランで3点を返します。
そして4回にも集中打を浴びせ一挙5点を奪い試合をひっくり返しました。

一方のホークスも続投していた郭投手から5回に1点を奪いすぐさま同点に追いつきました。
しかし郭投手はその後無失点に抑え結局8回途中まで投げ抜いています。
ちなみに郭投手はこの年わずか0.01差で最優秀防御率のタイトルを逃しており、この試合が無ければタイトルを獲得できていたかもしれません。

試合は同点の8回に伊東勤選手が2点タイムリーを放ちライオンズが勝ち越しに成功します。

対するホークスも粘りを見せ9回1死3塁のピンチの場面で潮崎哲也投手を投入しますが、2死後に痛恨の同点2ランを浴び試合は延長戦に突入しました。
そして延長10回に続投した潮崎投手が無死満塁のピンチを招いたところで杉山賢人投手が登板しますが、決勝の犠牲フライを打たれ10-11で敗戦となってしまいました。

開幕戦は黒星スタートとなりましたが森監督時代は強いもののつまらないという声があり動員も伸び悩んだのに対し、敗れはしたものの一時は7点差を跳ね返したため面白い野球を見せてくれそうだという期待感を感じさせた試合でした。
しかし5月までは首位を走っていましたがイチロー選手要するブルーウェーブに大きく負け越し3位に終わり、連覇が途絶えてしまったシーズンとなりました。


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思い出の試合:1986年10月27日 広島東洋カープ戦

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日本シリーズ第8戦


この年はカープとの日本シリーズを戦いました。

初戦は引き分けた後にカープが3連勝で一気に王手をかけますが、第5戦からライオンズが3連勝で逆王手をかけ、史上初のシリーズ第8戦となったのがこの試合です。

試合は3回にカープが2点を先制します。
しかし6回の1死1塁から秋山幸二選手が2ランホームランを放ち同点に追いつきます。
そしてこの時ダイヤモンドを1周して戻ってきた秋山選手は、なんとバック宙でホームインしたのでした。
当時はアスリートタイプの野球選手は少なかっただけにライオンズファンだけではなくプロ野球ファンを大いに驚かせたホームインとなりました。

実は中川充四郎氏とサヨナラホームランを打った際のパフォーマンスとして考えていたものだったようですが、日本シリーズでの値千金のホームランという事で披露する事にしたようです。

試合はライオンズが1点を勝ち越すとそのまま逃げ切り3年ぶりの日本一となりました。
この年は名将森監督就任1年目でしたがいきなりの日本一となり、この年から日本シリーズ3連覇を成し遂げる事になります。


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思い出の試合:1994年6月8日 日本ハムファイターズ戦

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緊急登板


先発は村田勝喜投手でしたが先頭から2者連続でヒットを打たれたところで腰痛を訴えてわずか4球で降板してしまいました。


この緊急事態に2番手として登板したのが鹿取義隆投手です。
ブルペンで3球投げれば肩ができると言われていた鹿取投手ですが、さすがにまだ準備ができておらずヒットと内野ゴロの間に1点を先制されてしまいました。
しかし2回以降は立ち直りファイターズ打線を完璧に抑えていきます。

打線は3回に同点に追いつき試合は膠着状態となりますが、ついに9回表にライオンズが勝ち越し点を奪い均衡を破ります。
すると鹿取投手は9回裏もマウンドに上り、そのまま試合を締め括りました。
結果的に1回無死から9回までをわずか97球で投げ切り、許したヒットは初回の1本のみという完璧な内容で勝利投手となっています。

この試合の時点で37歳のベテランかつプロ生活ではほとんどリリーフ一筋だったため、イニング毎に流石にそろそろ交代だろうと思っていましたが、あれよあれよという間に抑え続けていく姿にとても驚いた記憶があります。
まさに鉄腕と呼ぶにふさわしい投手だと改めて認識した試合でした。

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ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。