トレード史

2018年トレード:リーグ優勝に繋がった左腕補強

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1対1の交換トレード


2018年開幕前にライオンズの岡本洋介投手とタイガースの榎田大樹投手のトレードが成立しました。

榎田投手はドラフト1位で入団し主にリリーフとして活躍しましたが、徐々に成績が悪化し前年は3試合の登板に終わっていました。
しかしライオンズ移籍後は先発として起用されると、山賊打線の援護もあり勝ち星を積み重ね最終的に11勝を挙げる活躍を見せました。

一方の岡本投手は主にリリーフ要員として34試合に登板しますが、翌年は3試合の出場に止まり引退しています。

金銭トレード


シーズン中にはドラゴンズから小川龍也投手を金銭トレードで獲得しました。
ドラゴンズとしては育成契約になっていた福投手を支配下登録するために枠を空ける必要があっての放出となったようです。

小川投手は入団会見で「龍也ではなく獅子也になる」とコメントして早々にファンの心を掴みます。
この年はドラゴンズでは1軍登板は無かったものの、ライオンズでは初登板から10試合連続無失点を記録するなど、貴重なリリーフ左腕として38試合に登板する活躍を見せました。

10年ぶりリーグ優勝


左腕不足というチーム事情も相まって榎田投手、小川投手共に移籍後は主力として活躍を見せました。
またシーズン中に獲得したヒース投手、マーティン投手もリリーフとして活躍して、この年の補強は全て10年振りのリーグ優勝に繋がる大当たりとなったのでした。

なおまだ記憶に新しいトレードで両投手ともまだ現役ですが、小川投手は主力として活躍している一方で榎田投手の成績は右肩下がりとなっています。
チームとして左腕はまだ不足しているだけに今シーズンの巻き返しに期待しています。


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2004年トレード:チームを支えたリリーフ左腕を放出

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1対2の交換トレード


2004年のシーズン中にライオンズの土肥義弘投手とベイスターズの田崎昌弘投手、東和政投手の交換トレードが成立しました。

土肥投手は地元埼玉出身で入団2年目から主に対左打者のワンポイントリリーフとして活躍しました。
特に当時猛打を振るっていたバファローズのローズ選手キラーとして名を馳せました。

しかし2004年は先発転向を希望する土肥投手と、前年までと同様にリリーフ起用の方針だった球団との思惑の違いから1軍出場の無いままシーズン中のトレード放出となってしまいました。
移籍後の土肥投手は先発転向して5勝を挙げると、翌年は規定投球回に到達して10勝を挙げる活躍を見せました。

一方で田崎投手は2004年はリリーフとして1勝を挙げたものの翌年以降は防御率10点台と結果を残せず2006年限りで戦力外となりました。
また東投手もライオンズでは1勝挙げたのみで2008年に戦力外となり、ライオンズとしては戦力的にマイナスとなってしまったトレードでした。

なお土肥投手はベイスターズで25勝を挙げたものの2008年は不振に陥るとその年限りで戦力外となります。
すると古巣のライオンズに復帰して2年間在籍した後、MLBに挑戦するために退団となりました。
引退後は2015年から2018年まではライオンズで投手コーチを務め、菊池雄星投手の飛躍に大きく貢献したため、ベイスターズ解雇後に獲得に動いてわだかまりを無くした事は結果的にプラスに動いたように思えます。


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1989年トレード:黄金期のリリーフ陣を支えたベテラン右腕を獲得

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1対1の交換トレード


1989年のシーズンオフにライオンズの西岡良洋選手とジャイアンツの鹿取義隆投手の交換トレードが成立しました。

鹿取投手はサイドスローの右腕で、ドラフト外でジャイアンツに入団すると1年目からリリーフとして活躍し以降も長くチームを支えます。
特に王監督時代には右打者相手には鹿取投手、左打者相手には角盈男投手に全幅の信頼が寄せられていました。
しかし藤田監督就任後に起用法の問題などから調子を落として登板数を減らし、最終的にライオンズにトレードとなりました。

移籍初年度に33歳となるベテランでしたが当時の森監督が開幕から鹿取投手を抑えに据えると、起用法への配慮や固い守備などもあり自身初のタイトルとなる最優秀救援投手を獲得しました。
翌年以降もブルペン3球投げれば肩ができると言われたタフネスさを武器にリリーフとして活躍し、1992年には10勝を挙げる活躍を見せています。
1993年に杉山賢人投手が入団すると潮崎哲也投手も含めた3投手で形成する勝ちパターンはサンフレッチェと呼ばれ、チームの勝利に大いに貢献しました。
1997年に故障の影響などで成績を落として引退となりましたが、プロ通算で755試合に登板して216SPを挙げるという輝かしい成績を残しました。

一方の西岡選手は強肩と左キラーと呼ばれた打撃が持ち味の外野手で、ライオンズ時代にゴールデングラブ賞を1回獲得しています。
しかし1988年にアキレス腱断裂の大怪我を負い、翌年復帰したものの成績を落としたところでジャイアンツにトレードとなりました。
移籍初年度は代打や左投手先発時のスタメンとして活躍しましたが、翌年以降は徐々に出場機会を減らしていき1995年にマリーンズに移籍しました。

獲得時に既にベテランで下り坂のように思えた鹿取投手ですが、結果的に40歳まで現役を全うしライオンズでの成績がジャイアンツ時代の成績を上回りました。
黄金期に盤石のリリーフ陣を形成する事ができた非常に意義のあるトレードだったと思います。


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2012年トレード:首位打者を獲得したベテラン野手を獲得

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1対1の交換トレード


2012年のシーズン開幕前にライオンズの江草仁貴投手とカープの嶋重宣選手の交換トレードが成立しました。

嶋選手は投手として入団したものの結果を出せず野手に転向すると、2004年に大ブレイクして初の規定打席に到達すると共に首位打者を獲得します。
同時に同じ左打者で背番号55の松井秀喜選手にちなんで赤ゴジラの愛称がつきました。
その後も主力として活躍しましたが怪我や不調等もあり出場機会が減る中でのライオンズへのトレードとなりました。

2012年は開幕から指名打者でスタメン出場を果たしています。
4月のホークス戦では逆転満塁ホームランを放ちますが、チームが逆転を許しヒーローとなる事ができませんでした。
結局2年連続で打率1割台と低迷し2013年限りで引退しています。

一方の江草投手は2011年シーズン中にタイガースからトレード移籍してきましたが結果を残せず、2年連続でのトレードとなりました。
移籍1年目は26試合に登板しましたがその後は故障等もあり主力にはなれず、2017年限りで引退しています。

ライオンズでは選手として活躍できなかった嶋選手ですが、引退後はライオンズでコーチに就任しており主に若手育成で手腕を発揮しています。
2021年からは3軍コーチに就任しており、次世代の主力打者育成に期待がかかります。
戦力面では両チーム共に大きな成果は無かったトレードですが、ライオンズとしては指導能力の高いコーチを確保できた点で意義のあるトレードだったと思います。


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2010年トレード:元選手会長が電撃トレード

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1対1の交換トレード


2010年のシーズン開幕前にライオンズの赤田将吾選手とバファローズの阿部真宏選手の交換トレードが成立しました。
内野手が不足していたライオンズと小瀬選手の訃報により外野手補強が急務となっていたバファローズの思惑が一致して電撃的に決まったトレードでした。
赤田選手は選手会長を務めるなどチーム内の人望は厚かったため、トレードが決まった際には涌井投手が号泣していたのを強く覚えています。

阿部選手は移籍1年目は主に守備固めや対左腕時の先発要員という主にサブ的な選手としてある程度の結果を残しました。
しかし徐々に出場機会を減らし2012年限りで引退しています。

赤田選手はバファローズ、更に2012年にトレード移籍したファイターズでもレギュラー獲得はならなかったものの渋い働きを見せ、2014年限りで引退しました。

戦力補強を行う上で情を挟む必要は無いとは言え、チーム内の人望やファンからの人気も高かった選手だっただけに、トレードが決まった時にはショックを受けた記憶があります。
奇しくも両選手は現在のライオンズで1軍打撃コーチを務めていますので、昨年不調に終わった山賊打線の復活に向けて手腕を振るって欲しいです。


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ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。