トレード史

1996年トレード:ドラフト1位選手同士のトレード

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1対1の交換トレード


1996年オフにライオンズの長見賢司選手とベイスターズのデニー友利(友利結)投手との1対1の交換トレードが成立しました。
当時の東尾監督の強い希望があってのトレードだったようです。

デニー投手は1986年ドラフト1位で指名され、サイドスローからの球威あるボールが持ち味でしたが、制球難もありベイスターズでは活躍する事はできませんでした。
しかし東尾監督の「コントロールできないのだから思いっきりど真ん中に投げ込めばコーナーに散らばってくれる」というアドバイスを受けて才能が開花し、移籍初年度からライオンズリリーフ陣を支える存在となりました。
更に1999年に入団した松坂投手の指導係的存在として良き兄貴分になっていました。
その後もリリーフとして活躍しましたが2002年に出場機会を減らすとそのオフにトレードでベイスターズに復帰、2006年にはドラゴンズに移籍して2007年限りで引退しました。

一方の長見賢司選手は1990年ドラフト1位で指名されて投手として入団し、1995年から野手転向したものの1軍出場はありませんでした。
トレード後の1997年には6試合に出場し初ヒットを放ったものの、その後はまた1軍出場する事なく2000年限りで引退となりました。

総括


結果を残せていなかった選手同士が移籍して出場機会を得たという意味で意義のあるトレードでしたし、特にライオンズにとってはデニー投手がリリーフとして活躍してリーグ連覇に貢献するなど非常に大きなトレードになりました。
ただし東尾監督だったからこそデニー投手も覚醒できたのだと思いますので、相性の良い指導者との出会いも重要なのだなと思います。


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1993年トレード:衝撃の大型トレード


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3対3の交換トレード


あまりにも有名なトレードのため改めて触れる必要もない程ですが、1993年オフにライオンズの秋山幸二選手、渡辺智男投手、内山智之投手とホークスの佐々木誠選手、村田勝喜投手、橋本武広投手の交換トレードが成立しました。
日本のトレードと言えば出場機会の少ない1軍半の選手同士で行われるイメージだったため、主力同士の大型トレードに衝撃が走りました。
トレード当時は秋山選手と佐々木選手はトントンで、調子を落としていた渡辺智投手に対して3年連続二桁勝利中のエースだった村田投手を獲得したライオンズが得をしたという評価でした。

トレード後の秋山選手は広い福岡ドームで打撃成績は落としたものの4回のゴールデングラブ賞を獲得、佐々木選手盗塁王1回、ベストナイン3回、ゴールデングラブ賞1回を獲得し、両選手とも期待通り主力として活躍しました。

渡辺智投手は移籍1年目に4勝を挙げた後は未勝利が続き1997年オフに金銭トレードでライオンズに復帰、村田投手もフォームを崩すなどして移籍1年目の4勝のみで1995年オフにドラゴンズにトレードになりました。

内山投手は一定の登板機会は得られたものの大きな結果は残せず、1997年限りで退団するとMLBに挑戦をしています。
橋本投手はホークス時代は大きな実績は残せなかったものもライオンズ移籍後はリリーフとして長く活躍し、最多ホールドを1回獲得しています。
またその貢献度を東尾監督が高く評価しており、抑えではなく中継ぎ投手ながらも1998年の優勝時には胴上げ投手に指名されました。
このトレードで最も良い方向に運命が開けた選手ではないでしょうか。

総括


球界を揺るがしたトレードですが、その後の成績等を見ると戦力的な意味合いで言うと結果的には五分五分か、橋本投手の活躍の分だけライオンズに利があったかもしれません。
しかしトレードを仕掛けた根本氏の思惑通りに、弱者体質が染みついていたホークスに秋山選手が常勝軍団の厳しさ等を持ち込む事でホークスが強豪チームになる礎となった事を考えると、球界全体としても大きな転換のきっかけとなったトレードになったのではないでしょうか。


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1997年トレード:ファイターズのエースを獲得


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1対2の交換トレード


1997年のオフにファイターズの西崎幸広投手とライオンズの石井丈裕投手、奈良原浩選手の交換トレードが成立しました。

ファイターズのエースだった西崎投手はFA宣言せずに残留する事を表明したものの、球団との確執がありトレード要員または自由契約にするという事実上の戦力外通告を受けます。
そのため西崎投手自身がライオンズへのトレードを希望し、ライオンズの東尾監督も熱望した事から獲得に動きました。
しかしファイターズの上田監督が交換要員として奈良原選手と投手1名を希望して譲らず、最終的に内野の準レギュラーだった奈良原選手と1992年沢村賞の石井投手を放出する事で話がまとまりました。
事実上の戦力外となった選手を獲得するのに主力級の選手を2人放出するのは足下を見られている気がしましたし、交渉下手だと思った印象があります。

そこまでして獲得した西崎投手ですが1998年は故障等で4試合のみの登坂に終わりましたが、1999年はリリーフに転向してシーズンを通して抑えとして活躍しました。
松坂投手の初登板試合でもセーブを記録しています。
しかし以降は大きな結果を残せず2001年限りで引退となりました。

ファイターズに移籍した石井投手も移籍後は振るわず1999年限りで戦力外となりました。
一方で奈良原選手は移籍直後の1998年には初の規定打席に到達するなど大きく飛躍してファイターズの主力となりました。

総括


トレード時点でつり合いが取れていないと感じたトレードですが、西崎投手は当初期待していた先発としての活躍は見せられなかったのに対し、奈良原選手はファイターズのレギュラークラスとなるなど結果としてもファイターズに利があったように思えます。
トレードの経緯自体も腑に落ちない部分もあり、フロントの交渉力の重要さも思い知らされたトレードとなったのでした。


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ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。