外国人選手の思い出

2009年は過去にNPBに在籍した投手を獲得

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7年ぶりの復帰


外国人選手補強を行う際には日本に適応できるかのリスクがあるため、ある程度の実績のあるNPB経験者を獲得するケースも多々あります。

ライオンズが獲得した選手では、2013年に獲得したサファテ投手は前年までカープで活躍していた事もあり期待通りの結果を残しました。
また前年に故障の影響でホークスを自由契約となり2016年に獲得したウルフ投手、2015年にカープを自由契約となりBCリーグを経て2018年に獲得したヒース投手などはライオンズで復活を遂げ活躍してくれました。

そして2009年に獲得したのがジョン・ワズディン投手です。
ワズディン投手は2002年にジャイアンツに在籍しており7年振りのNPB復帰となりました。

ジャイアンツ時代は10試合に登板して1勝4敗と結果を残せていませんでした。
そのため獲得が発表された際には不安を感じつつも球団として今度は日本で通用すると判断しての獲得だったと思いますので、今回はどのような結果を残せるのか注目していました。

しかし開幕後は14試合に登板したものの2勝3敗で防御率は5.31と不安が的中する形となってしまいました。
振り返ってみると獲得前年の2008年はAAAで9勝6敗ながらも防御率3.51と飛び抜けて良い成績は残せていないようでした。
また年齢も37歳になる年で伸び代も少なかった事から、やはり何故獲得に動いたのか今でも疑問に感じる補強となってしまいました。


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2013年オフは投打の主力外国人選手の引き留めに失敗

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主力の流出


2013年シーズンの外国人選手は野手ではヘルマン選手、投手ではリリーフのサファテ投手、ウィリアムス投手が活躍を見せました。

ヘルマン選手はパワーは無いものの瞬足と選球眼が持ち味で、チャンスでの勝負強さを兼ね備えた選手でした。
加入2年目となる2013年はシーズン途中から1番に固定されリーグ3位の打率、2年連続の40盗塁を記録し、最高出塁率のタイトルを獲得しました。

サファテ投手は威力のあるストレートが武器で高い奪三振を誇る投手でした。
カープから移籍して1年目の2013年はチーム状況によりセットアッパー、クローザーと役割を変えながら9勝16H10Sという好成績を残しました。
当然チームとしては両選手共に翌シーズンも戦力として考えており契約延長のオファーを出していました。
しかし明確な返答もないまま代理人とも連絡が取れない状態となり、最終的に保留者名簿から外れて自由契約となってしまいました。

その後ヘルマン選手はバファローズと契約を結びました。
2014年シーズンは本塁打数は増えた一方で打率を大幅に落とすと、2015年シーズンは故障などで出場機会を減らしその年限りで退団となりました。

一方のサファテ投手はホークスと契約を結ぶと大車輪の活躍を見せます。
移籍初年度からクローザーとして活躍すると2015年から3年連続で最多セーブのタイトルを獲得します。
特に2017年には現時点でのNPB記録である54セーブを記録しました。
しかし2018年は故障で6試合の登板に終わると2019年以降は登板が無い状態が続いています。

ライオンズでは主力の流出で戦力ダウンとなっただけでなく両選手共にパリーグの他球団に移籍し活躍を見せるという悔しい結果となってしまいました。
特に当時のライオンズはリリーフが弱かった上に、ホークスのリリーフ陣が盤石になったという点でサファテ投手の退団は非常に痛かったと思います。

なおセットアッパーとして活躍していたウィリアムス投手は翌年も活躍を見せたものの、前年までよりも安定感が失われていたため2014年限りで退団しています。


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ほとんど登板機会の無かった外国人投手たち


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戦力になれず退団


ライオンズでは大活躍した外国人投手自体が少ないですが活躍はおろかほとんど登板機会を得られなかった投手達もいます。

1999年にはバリー・マニュエル投手を獲得しました。
1996年にはMLBで53試合に登板するなどの実績もありリリーフとして期待されました。
しかし来日後は制球難が露呈し、1試合に登板して1回を無失点に抑えたものの以降は登板機会のないまま退団となりました。
実際のピッチングを見る事ができず結局どのような特徴の投手かもよく分からないままでしたが来日時点で34歳だったため年齢的な問題もあったのかもしれません。

2005年はクリストファー・ライト投手を獲得しました。
一度はダイエーの入団テストに合格したもののソフトバンクへの身売りに伴い入団取り消しとなり、春季キャンプ前にライオンズへの入団が決まった選手でした。
しかし初登板初先発試合で1/3回を5失点と大炎上し、更に翌日にリリーフ登板したものの1回1失点で2軍降格となりました。
結局この2試合の登板に止まり5月には退団となってしまいました。
結果的にソフトバンクの入団取り消しの判断は正しかったと言える選手でした。

2017年にはアレクシス・キャンデラリオ投手を獲得しました。
MLBでの実績は無いものの各国のプレーを渡り歩き日本が9ヵ国目という謎に満ちた選手でした。
しかし初登板初先発試合で3回7失点と大炎上すると以降は登板機会なく退団となってしまいました。
1試合のみの登板となりましたが眼鏡をかけた風貌とミステリアスさも相まって記憶に残る選手となっています。
ちなみに今シーズンは不明ですが少なくとも昨オフのドミニカウインターリーグまでは現役でプレーしていたようです。


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イースタン三冠王を獲得した3番手の外国人野手


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2年連続三冠王


前にも書きましたが1999年は4人の外国人野手を獲得しましたが結果を残せませんでした。
その中で最多の12本塁打を放ったコーリー・ポール選手は翌年も残留しました。



しかし翌2000年にはトニー・フェルナンデス選手、レジー・ジェファーソン選手という現役メジャーリーガーを獲得します。
そして両選手共に1軍で一定の成績を残したためポール選手は2軍暮らしとなってしまいます。
終盤にジェファーソン選手が帰国したため1軍で出場機会を得ましたが前年よりも成績を落とす結果となってしまいました。
一方で長いファーム暮らしではレベルの違いを見せつけ打率.353、21本塁打、69打点でイースタンリーグの三冠王を獲得しました。

ファームでの活躍が評価されポール選手は残留し、1軍昇格の壁となったフェルナンデス選手、ジェファーソン選手は2000年限りで退団しました。
しかし2001年に加入したのがアレックス・カブレラ選手、スコット・マクレーン選手ツインバズーカです。
カブレラ選手は49本塁打、マクレーン選手は39本塁打と1年目から圧倒的なパワーを発揮したためポール選手は1度も1軍昇格を果たす事ができませんでした。
その結果打率.352、27本塁打、95打点という圧倒的な成績で2年連続のイースタンリーグ三冠王を獲得しましたが、結局この年限りで退団となりました。
なお95打点は2021年現在でイースタンの最多タイ記録となっています。

性格的にも真面目でウナギイヌの愛称で親しまれた選手でしたが、2年目以降は他の外国人選手が活躍したため3番目の外国人野手のポジションから抜け出す事ができませんでした。
もし他の選手が結果を残せず、日本の野球に慣れたポール選手がシーズンを通して1軍出場していた場合はどの程度の成績を残していたのか想像をしてしまいます。



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ストライキの影響で来日した現役メジャーリーガー


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三拍子揃った外野手


1994年にMLBでは選手会による大規模なストライキが行われた影響でシーズンが途中で終了し更にストライキは1995年開幕直前まで続きました。
その影響を受けて1995年には現役メジャーリーガー達が来日を決断しジャイアンツにマック選手、ホークスにミッチェル選手、マリーンズにフランコ選手などが入団しました。

そしてライオンズに入団したのがダリン・ジャクソン選手です。
1994年はストでシーズンが打ち切られたとは言えホワイトソックスで100試合以上に出場して打率3割を超える好成績を残していました。
背番号は石毛選手が着けていた7を与えられるなど球団の期待の高さが伺えました。

開幕時は中軸を期待されましたが期待ほどの結果が出なかったため1番で起用されると成績が向上し、最終的に打率.289、20本塁打、68打点の成績でベストナインを獲得しました。
物足りなくも見えますがアグレッシブなプレーで数字以上に活躍していた印象があります。
翌年もまた中軸スタートで途中から1番打者として活躍したものの成績は少し落としました。
そして1996年限りで退団してMLBに復帰しています。

打撃面ではホームランを量産するなどの猛打を振るった訳ではないですが、盗塁は多くは無かったものも足は早く、更に強肩を活かした守備は見事でした。
当時の外国人選手は鈍足のスラッガータイプやメジャーリーガーと言ってもピークを過ぎた選手が多かったっため、三拍子揃った現役バリバリの選手のプレーを見る事ができたのはストライキのおかげだったと言えるかもしれません。

更に性格的にも驕ったところのないナイスガイで若手選手に積極的にアドバイスを送るなど、プレー面だけでなくチームに良い影響を与えた素晴らしい選手でした。

なお余談ですが個人的にはプロ野球選手には珍しく帽子の上からヘルメットを被って打席に入っていた姿が強く印象に残っています。


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ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。