外国人選手の思い出

ライオンズの台湾人選手


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投手


ライオンズの台湾人投手と言えば郭泰源投手です。
オリエンタルエクスプレスの異名を取った速球に加えて制球力も良く、黄金期のローテーション投手として長くチームを支えました。
投手タイトルは最高勝率を2回獲得したのみでしたが、シーズンMVP1回、ベストナイン1回、ゴールデングラブ賞2回に加えノーヒットノーランも1回記録しています。
通算117勝は現時点でのライオンズ外国人選手に最多記録となっています。

2000年には許銘傑投手が入団しました。
1年目は期待されたものの6勝に終わりましたが、2年目は視力改善のために眼鏡をかけると成績が向上したという映画メジャーリーグ的展開で最優秀防御率争いを繰り広げ、その後も入団4年目までは先発として活躍します。
5年目からは長低迷の時期が続きましたが2011年にリリーフとして起用されると49試合を投げて防御率1点台と復活を遂げました。
当然翌年も戦力として期待していましたが、全くノーマークの状態からFA権を行使してバファローズに移籍してしまいました。
引退後は2018年から昨年までライオンズで2軍コーチを務めました。

2002年シーズン途中にはジャイアンツとの争奪戦を制して張誌家投手を獲得すると、いきなり10勝を挙げる活躍を見せました。
練習嫌いの性格等もあり翌年以降は成績を落としますがそれでも7勝、8勝を挙げます。
しかし肩の故障で球速が130km/hも出なくなり2005年以降は1軍出場が無いまま2006年限りで退団となりました。

2015年には郭俊麟投手が入団しました。
入団直前の国際大会で好投を見せており期待が高まりましたが1年目は3勝に終わりました。
以降も故障などで結果を残せず2019年限りで退団しています。
しかし2018年に優勝争いをしている中でホークス戦に先発して好投し、チームを優勝に向けて前進させた勇姿は今でも忘れられません。

2016年にはメジャーリーガーのC.C.リー投手を獲得しました。
セットアッパーとして期待されましたが痛打を浴びる事が多く、この年限りで退団しています。

2019年にはジャイアンツを自由契約になった廖任磊投手を獲得しました。
制球難という課題があったものの1軍で3試合に登板し期待感の持てるピッチングを見せましたが、結局1年限りで退団となりました。

野手


2015年のドラフトで呉念庭選手が指名され今も現役でプレーしています。
伸び悩み気味でしたが昨年は自己最多の51試合に出場し飛躍のきっかけを掴みました。

郭泰源投手の活躍や渡辺GMが指導者をしていた縁で一時期は台湾人選手の獲得に積極的だった印象ですが、その傾向も薄れてきているように思います。
現時点で唯一の現役である呉選手には今年レギュラー争いに加われるような成長を期待したいところです。


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ライオンズの外国人先発左腕投手


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最高で4勝


黄金期は今よりも外国人枠が少なく、更に郭泰源投手が長くローテーション投手として活躍していたため外国人の先発左腕投手は在籍していませんでした。

郭投手が故障により不振に陥ると同時にFA権を取得して日本人扱いとなったため、1997年に先発候補としてギブンス投手を獲得しました。
198cmという長身の技巧派タイプで初登板完封勝利というパリーグの外国人選手初の快挙を成し遂げますが、その後は制球難もあって低迷し結局4勝を挙げるに止まりこの年限りで退団しました。

2008年にはファイターズとの争奪戦を制してグラマン投手を獲得しました。
以前も書いたようにギッセル投手との長身コンビでツインタワーと呼ばれ活躍を期待されましたが不安定な投球が目立ちこの年は4勝に終わりました。
翌年も低迷しましたがシーズン途中にリリーフに転向すると安定感が増し、以降は抑えとしてチームを支えました。

2015年にはルブラン投手を獲得しました。
来日した際にはプロ野球選手だと知らない某テレビ番組のロケ隊にたまたま声をかけられ、取材を受けるという事がありました。
打たせて取るタイプに技巧派で初登板で初勝利を挙げますが、以降は早々にKOされる事も多く最終的に2勝のみに終わりました。
退団後は日本での経験が活きたのかMLBで来日前を超える成績を残しています。

2016年にはバンヘッケン投手を獲得しました。
韓国球界で前々年に20勝、前年も15勝を挙げていたため期待されましたが、日本では全く通用せず未勝利に終わっています。

昨年2020年はノリン投手を獲得しました。
開幕前の故障で出遅れたものの初登板で初勝利を挙げ以降も活躍を期待されましたが、5試合目の登板時に故障で緊急降板し、以降は試合出場もなく1勝に終わりました。
変則投法が持ち味である程度通用していただけに本当に故障が残念でした。

振り返るとそもそもの獲得数自体が少ないとは言え、残念ながらこれまで先発として結果を残せた選手はいません。
今年獲得したダーモディ投手は先発として考えているようですので、新型コロナの影響で来日は遅れているものの、シーズンを通して活躍をして欲しいところです。


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2007年は松坂投手の移籍金で現役メジャーリーガーを獲得


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メジャー55勝


2006年オフに松坂大輔投手がポスティングを行使し5111万1111ドル11セントという破格の入札金でMLBのレッドソックスに移籍しました。
そして松坂投手の穴を埋めるために獲得したのがジェイソン・ジョンソン投手でした。
MLBで2度の二桁勝利を記録するなど通算55勝の現役メジャーリーガーで、3億5千万円とも言われた破格の年俸は松坂投手の移籍金から捻出されました。

高身長から投げ下ろす直球と多彩な変化球でローテーションの軸として期待されましたが、4月に右肘痛で一時帰国してしまいます。
その後交流戦で復帰したものの不安定な投球内容が続き、結局シーズン1勝止まりと大きく期待を裏切り1年限りで退団となってしまいました。

ジョンソン投手は糖尿病を患っており、腰にインシュリンを投与する機械を装着してマウンドに上がっていました。
MLB時代には打球が機械を直撃するというアクシデントがあり、ライオンズ時代も練習中に低血糖で倒れあわやという事もありました。
そのハンデを乗り越えてMLBで実績を残していたため、日本でも活躍を見せて欲しかった選手だっただけにとても残念でした。

ただし来日前年は3チームで計3勝12敗と低迷していた事もあり、現役メジャーリーガーと言えども必ずしも結果を残せる訳ではないと再認識した年となりました。

2006年は長身外国人投手を獲得


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先発要員


2006年シーズンは先発候補の新外人投手として右腕のクリストファー・ギッセル投手と左腕のアレックス・グラマン投手を獲得しました。ギッセル投手は196cm、グラマン投手は193cmと両投手共に高身長だったため、期待を込めてツインタワーという愛称が付けられました。

グラマン投手は開幕ローテーション入りを果たし初先発初勝利を挙げますが、以降は早い回でKOされるなど結果を残せずに夏場以降は登録抹消され、4勝を挙げるに留まりました。
一方のギッセル投手は不調で2軍スタートとなりましたが、1軍昇格後に初先発初勝利を挙げると、そのまま無傷の5連勝を記録するなど6勝を挙げました。

2年目の明暗


両投手共に翌年も残留しましたが、ギッセル投手は不安定な投球内容で前年から一転して9連敗を喫するなど1勝のみに終わり、2007年限りで退団となりました。

グラマン投手も先発として2勝に留まるなど結果を残せない状態が続いたため、シーズン途中からリリーフに転向します。
するとMLBでもリリーフ経験はほとんど無かったにも関わらず、短いイニングのみを投げる事で球速がアップするなど安定感が増し、シーズン後半は抑えを任せられるようになりました。
翌年もシーズンを通して抑えに定着し31Sを挙げて見事にチームの日本一に貢献しました。
2009年以降は故障の影響で結果を残せず2011年限りで退団しています。

総括


先発として大いに期待された両投手ですが、ライオンズの外国人先発投手はあまり活躍できないという流れを変える事ができず、結果を残す事ができませんでした。
しかしグラマン投手はリリーフで覚醒し、渡辺監督初年度の日本一はグラマン投手の活躍無くしては達成出来なかったと思います。
選手の適性というのは試して見なければ分からないと痛感しましたし、新外国人のダーモディ投手は逆にMLBではリリーフ投手でしたがライオンズでは先発として期待しているようですので、先発適性を見せて活躍してくれる事を期待しています。
(昨年は独立リーグで先発も経験しているようですので適応が早い可能性もあります)


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2000年は現役メジャーリーガーを補強


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NPBとMLBの文化の違い


2000年シーズンはトニー・フェルナンデス選手レジー・ジェファーソン選手という現役メジャーリーガーを獲得しました。
フェルナンデス選手はメジャー通算2240安打の好打者で、38歳という年齢からくる守備難はあったものの、リーグ4位の打率を残すなど期待通りの成績を残しました。
年齢の事もあり1年で自由契約となりましたが、敬虔なクリスチャンの人格者でありチーム内からの人望も厚かった選手でした。
一方でノックでわざとトンネルしたり、落ちていたハンマーを見つけて振り回したりするなど、奇行とも見えるような独自の練習法を披露していたのが印象的でした。

メジャー通算3割のジェファーソン選手は左投手に弱いなどの弱点がありなかなか結果を残せませんでしたが、少しずつ日本の野球に慣れていきます。
しかしシーズン中盤の試合中に守備でミスをした直後に交代を命じられましたが、MLBでは選手への侮辱に値する交代であったためジェファーソン選手が激怒してしまいます。
すると首脳陣を批判したと2軍降格を命じられましたが、ジェファーソン選手はこの状態ではチームに迷惑をかけるとコメントして自ら退団を選択し、そのまま引退となってしまいました。

リーグ優勝を争っていたチームですがこれでムードが悪くなったのか急激に調子を落とし、結局優勝を逃し2位に終わったシーズンでした。

NPBに来る外国人選手はメジャーのプライドを持ちすぎていたり日本の野球への適合を拒否したりするとなかなか結果を残す事はできないですが、逆に日本の球団もMLBとの文化や風習の違いを理解し、ある程度は尊重する必要もあると考えさせられた出来事として今でも強く印象に残っています。


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ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。