ライオンズ振り返り

2004年の外国人選手:打の助っ人達が満塁弾で日本一に貢献

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投手成績


選手名 登 板 防御率 勝 利 敗 戦 ホールド セーブ 勝 率 投球回 与四死球 奪三振 WHIP
許銘傑 27 4.36 4 3 - 0 .571 64.0 32 26 1.56
張誌家 22 3.70 9 8 - 0 .529 146.0 67 119 1.33

野手成績


選手名 試 合 打 率 安 打 本塁打 打 点 盗 塁 四 球 三 振 出塁率 OPS
カブレラ 64 .280 70 25 62 34 71 .369
1.013
フェルナンデス 131 .285 146 33 94 5 61 117 .357 .883
マクレーン 35 .184 14 4 10 0 9 19 .271 .626

総括


投手陣では許投手はリリーフメインでの登板となりましたが精彩を欠きました。
張投手は先発として自身初の規定投球回に達しました。
しかし安定していたとは言えず更にアテネオリンピック出場後に日本にはすぐに戻らずバケーションに興じるなど野球に取り組む姿勢に問題がありました。

野手では新加入のフェルナンデス選手が30本塁打以上を放ち期待に応えました。
しかしカブレラ選手はオープン戦で死球を受けて骨折したため昨年限りで退団したマクレーン選手が緊急復帰したものの結果を残す事ができませんでした。
それでもカブレラ選手は6月後半に復帰すると驚異的なペースで本塁打を量産しています。

チームはシーズン2位でプレーオフ進出を果たすとカブレラ選手、フェルナンデス選手が共に満塁弾を放ちリーグ優勝に貢献します。
更に中日との日本シリーズでは第3戦でカブレラ選手が逆転満塁弾を放つなどの活躍を見せてチームは日本一となっています。


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来年以降は防ぎたい主力選手の国内移籍

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主力の移籍


今オフは森友哉選手がFA権を行使してオリックスに移籍しました。
ここ数年はFA権を取得した選手の引き止めには成功していましたが4年ぶりに国内球団への主力の移籍となってしまいました。
ここで過去にFAとポスティングで移籍した選手達を改めて見てみます。
(国内移籍選手海外移籍選手)

先発投手:工藤公康投手、帆足和幸投手、岸孝之投手、野上亮磨投手、松坂大輔投手、菊池雄星投手
中継投手:許銘傑投手、森慎二投手、牧田和久投手
抑え投手:豊田清投手、涌井秀章投手

捕手:細川亨選手、炭谷銀仁朗選手、森友哉選手
一塁手:清原和博選手
二塁手:片岡易之選手、脇谷亮太選手、浅村栄斗選手
三塁手:石毛宏典選手
遊撃手:松井稼頭央選手、中島裕之選手
外野手:和田一浩選手、秋山翔吾選手

ライオンズはポスティングでのMLB挑戦を認めてきた事もあり外野を除けば2チームのスタメンが作れそうなほど主力の移籍が相次いできました。
その状況でも優勝争いに食い込んできましたが若手の成長も追いつかなくなってきた部分もあります。

それでも栗山巧選手、中村剛也選手は生涯ライオンズを貫き、近年では金子侑司選手、増田達至投手、岡田雅利選手などがFA権を行使して残留しました。
更に今オフも外崎修汰選手、源田壮亮選手が複数年契約を結ぶなど流れは変わってきています。

夢を追うためのMLB移籍はある程度やむを得ないかもしれませんが、来年は山川穂高選手のFAも控えているだけにこれ以上の主力の国内移籍は防いで欲しいところです。


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阪神入団の可能性もあったカブレラ選手

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獲得調査


かつてライオンズで活躍したアレックス・カブレラ選手が阪神に入団していたかもしれないという記事がありました。

1999年にカブレラ選手は台湾の和信でプレーしていました。
当時和信の監督だった元南海の立石氏が阪神を率いていた野村克也監督にカブレラ選手を推薦したとの事で、阪神も調査を行ったものの結局獲得には至らなかったようです。

その後カブレラ選手は2000年はMLBダイヤモンドバックスでプレーし、2001年からライオンズに入団しました。
日本での活躍を見て野村監督は獲得すれば良かったとボヤいたそうです。

ライオンズとしてはカブレラ選手の入団が無ければ貧打線の状態が続き2002年のリーグ優勝や2004年の日本一は無かったかもしれません。
それだけに阪神が獲得に動かなかった事がライオンズの命運にも強く影響した事になりました。

なお黄金期にAKB砲の一角を担ったデストラーデ選手も当初阪神が獲得に動いたものの最終的にフロントの拒否により破談したためライオンズに繋がりました。
あくまでも結果論になってしまいますが選手の獲得はチームのスカウティング能力だけでなく他球団も含めたちょっとした巡り合わせで大きく変わってしまうものだと改めて感じてしまいました。


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2003年の外国人選手:カブレラ選手は2年連続50本塁打を放つも投手陣は低迷


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投手成績


選手名 登 板 防御率 勝 利 敗 戦 ホールド セーブ 勝 率 投球回 与四死球 奪三振 WHIP
許銘傑 19 5.14 4 2 0 0 .667 70.0 39 43 1.66
張誌家 22 4.98 7 7 0 0 .500 124.2 58 112 1.49

野手成績


選手名 試 合 打 率 安 打 本塁打 打 点 盗 塁 四 球 三 振 出塁率 OPS
カブレラ 124 .324 148 50 112
68 106 .418 1.123
マクレーン 131 .225 94 26 69 2 64 103 .326 .783

総括


​前年に当時の日本タイ記録となるシーズン55本塁打を放ったカブレラ選手はこの年も猛打を奮い史上2人目となる2年連続50本塁打を記録しました。
しかしこの年は近鉄のローズ選手が51本塁打を放ちタイトルを逃しています。

前年は故障で離脱したツインバズーカの片割れマクレーン選手も26本塁打を放ちました。
しかし弱点が露呈した事で低打率に終わったためオフに自由契約となっています。

投手陣では許投手は4勝に終わり、7勝を挙げた張投手も安定感を欠く投球が続きました。
両外国人投手だけでなく投手陣全体が崩壊しチームはリーグ連覇を逃しています。


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背番号44:今季初の二桁勝利を達成したアンダースロー


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歴代背番号


ライオンズの各背番号を背負った選手のうちプレーしていた記憶のある黄金時代以降の選手について思い出などを書いてみようと思います。

変遷


黄金期には黒原祐二投手が着けていたようですがプレーを見た記憶がありません。
1991年からは山野和明選手が着けましたが1軍で結果を残せませんでした。

1996年からは山野選手とのトレードで加入した清水雅治選手が着けました。
ライオンズ移籍後は東尾監督時代に外野のサブプレイヤーとしてチームに貢献しました。
2002年の引退後はライオンズを含めた各球団や侍ジャパンのコーチを歴任しています。

2003年にはマクレーン選手の背番号が44に変更になりました。
26本塁打を放った一方で低打率に終わりオフに退団しましたが翌年に復帰しています。

2004年には高山久選手の背番号が44に変更されました。
2010年にはキャリアハイの成績を残したものの以降は低迷し2013年シーズン中にトレードで阪神に移籍しています。
引退後はライオンズのアカデミーコーチ、スカウトを経て現在は打撃コーチを務めています。

2013年途中からは高山選手とのトレードで加入した川崎雄介投手が着けました。
結果は残せませんでしたが翌年から背番号34に変更になっています。

2014年には美沢将選手の背番号が44に変更になりました。
しかしこの年は1試合の出場に終わりオフに退団となりました。

2015年からはドラフト3位入団の外崎修汰選手が着けました。
2017年に辻発彦選手に抜擢され初の規定打席に到達するなど飛躍を遂げると翌年からは背番号5に変更となりました。

2018年途中からは中日からトレードで加入した小川龍也投手が着けました。
入団会見時には背番号にちなんで獅子也に変わりますと発言し話題となりました。
移籍後は貴重なリリーフ左腕としてリーグ連覇に大きく貢献し2021年からは背番号29に変更になりました。


現役選手

2020年からは育成から再び支配下登録された與座海人投手が着けています。
支配下となってからは年ごとに成績を良化させ2022年は先発として二桁勝利を記録しました。
球界でも貴重なアンダースローなだけに今後も長く主力として活躍して欲しいです。




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ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。
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