ライオンズ振り返り

2006年大学社会人ドラフト:日本シリーズMVPを獲得した右腕を獲得

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過去のライオンズドラフトの思い出を振り返ってみようかと思います。
今回は2006年の大学社会人ドラフトです。

希望枠:岸孝之投手(背番号11)


糸を引くようなストレートとカーブを武器に1年目から先発として11勝を挙げる活躍を見せ新人王は逃したもののパリーグ連盟特別表彰を受賞しました。
更に翌年には日本シリーズで好投を見せシリーズMVPを受賞しました。
その後もローテーションの軸として活躍しライオンズ在籍時には最高勝率のタイトルを1回獲得しています。

しかし2016年オフにFA権を行使して地元仙台の楽天に移籍しています。

通算1軍成績:301試合132勝84敗0H1S 防御率3.03 (2020年終了時点)



3巡目:山本淳投手(背番号20)

速球派右腕として期待されましたが1軍未勝利のまま2013年限りで退団しました。
なお楽天の田中将大投手は2013年シーズン無敗で終えてヤンキースに移籍しましたが、2012年にMLB挑戦前最後の黒星を喫した試合で先発したのがこの山本投手でした。

通算1軍成績:37試合0勝3敗0H0S 防御率5.52

4巡目:原拓也選手(背番号43)


いぶし銀タイプの内野手として主にサブ要員として活躍し、2011年には球団新記録となるシーズン51犠打を記録しています。
しかし翌年は不振に陥るとオフにトレードでオリックスに移籍しました。

現在はライオンズアカデミーのコーチを務めています。

通算1軍成績:673試合265安打7本塁打76打点2盗塁 打率.223

5巡目:岩崎哲也投手(背番号35)


トルネード気味の変則サイドスローとして1年目からリリーフとして活躍し最終的にチームトップとなる55登板でチーム2位の16ホールドポイントを記録しました。
しかし翌年以降は制球難などで成績が下降し2011年限りで退団しています。

通算1軍成績:105試合7勝5敗22H2S 防御率3.93

6巡目:大崎雄太郎選手(背番号0)


チャキの愛称で親しまれ小柄ながらも勝負強い打撃で代打や外野の準レギュラーとして活躍を見せました。
2016年限りで引退した後は球団から仕事を紹介されたものの自分で就職先を選びたいとこれを固辞し自ら複数の企業に履歴書を送り内定を得た上で一般企業に就職しています。

通算1軍成績:444試合243安打5本塁打77打点7盗塁 打率.257

総括


他球団との争奪戦を制して獲得した岸投手は先発として期待通りの活躍を見せました。
また中位以降の選手たちも地味ながらもチームを支える活躍を見せておりレギュラーを獲得した選手はいないもののチーム力強化の観点ではまずまず成功のドラフトだったと思います。


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1992年の外国人選手:3年連続本塁打王で日本シリーズ3連覇

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投手成績


選手名 登 板 防御率 勝 利 敗 戦 ホールド セーブ 勝 率 投球回 与四死球 奪三振 WHIP
郭泰源 23 2.41 14 4 0 0 .778 168.0 44 108 1.02
ヤング 3 8.10 0 1 0 0 .000 10.0 11 7 2.07

野手成績


選手名 試 合 打 率 安 打 本塁打 打 点 盗 塁 四 球 三 振 出塁率 OPS
デストラーデ 128 .266 119 41 87 12 95 125 .396 .979

総括


郭投手は2年連続二桁となる14勝を挙げゴールデングラブ賞も獲得しました。
一方でヤング投手は前年に続いて外国人選手枠と制球難により3試合のみの登板に留まりこの年限りで退団しています。

デストラーデ選手はスランプの時期はあったものの引き続き5番打者としてチームを牽引し3年連続の本塁打王ベストナインを獲得しました。

郭投手、デストラーデ選手の活躍もありチームはリーグ3連覇を成し遂げると、日本シリーズでもヤクルトの激戦を制して3年連続日本一に輝いています。

なお黄金期の主砲として活躍したデストラーデ選手ですがこのオフに地元フロリダに新設されたマリーンズへの移籍を決断し、退団する事になってしまいました。


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思い出の試合:松坂投手ルーキーイヤーの言葉

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1999年4月21日 千葉ロッテ戦


松坂大輔投手の3度目の登板は相手エース「ジョニー」黒木投手との投げ合いとなりました。
両チーム無得点で迎えた6回に先制を許すと7回にも1点を失いこの回でマウンドを降ります。
結局7回2失点の好投ながらも打線の援護なく敗戦投手となった松坂投手は試合後に「リベンジします」というコメントを残しました。

そして迎えた翌週4月27日の千葉ロッテ戦は再び黒木投手との対戦となりました。
この試合も両先発の投げ合いとなりましたが味方が6回に挙げた1点を守り切り、見事にプロ初完封勝利を記録すると同時にリベンジ達成となりました。

このリベンジは巨人上原投手雑草魂と共に同年の流行語大賞を受賞しました。
もともと知られていた言葉ではありましたが一般的に広く使われるようになったのはこの試合での松坂投手のコメントがきっかけでした。

1999年5月16日 オリックス戦


稀代のヒットメーカーイチロー選手との初対決が注目されました。
初回の初打席ではストレートで空振り三振を奪うと、3回には変化球で見逃し三振、6回には変化球で空振り三振で見事に三打席連続三振を奪いました。
そしてこの試合に勝利した後には「自信が確信に変わりました」との言葉を残しました。

この2ヶ月後の対戦ではイチロー選手にプロ通算100号本塁打を浴びるなどプロの厳しさも味わいました。
それでもこの試合での確信を得た通りプロ1年目から最多勝を獲得する活躍を見せました。

引退登板


松坂投手は19日の日本ハム戦で引退登板が予定されています。
プレーだけでなく言葉でもファンを魅了してきた松坂投手だけに引退登板でのピッチングだけでなく会見でどのような言葉を残してくれるのかも注目したいです。


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背番号34:サウスポーの印象が強い番号

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ライオンズの各背番号を背負った選手のうちプレーしていた記憶のある黄金時代以降の選手について思い出などを書いてみようと思います。

変遷


黄金期には鈴木哲投手などが着けていましたがプレーを見た記憶がありません。

背番号34を着けてプレーしているのを見た記憶のある最も古い選手は橋本武広投手です。
1993年オフに世紀のトレードでダイエーから移籍してくると1995年から7年連続で55試合以上に登板するなどリリーフ左腕として活躍を見せ最多ホールドを1回獲得しています。
その働きを評価され1998年にはリーグ優勝の胴上げ投手を任されました。
しかし不振に陥った2002年シーズン途中にトレードで阪神に移籍しました。

2002年途中からは橋本投手とのトレードで獲得したエバンス選手が着けました。
故障で離脱したマクレーン選手の穴を埋めてリーグ優勝に貢献しましたが結局2002年限りで引退しています。

2003年からは帆足和幸投手が背番号34に変更になりました。
すると翌年から先発として2年連続で二桁勝利を挙げる活躍を見せて2006年からは左腕エースの番号である47に変更となりました。

2006年からは新外国人のギッセル投手が着けました。
グラマン投手とツインタワーの愛称をつけられ先発として期待されましたが2年間で7勝を挙げるに留まり2007年限りで退団しています。

2008年からは長田秀一郎投手が背番号34に変更になりました。
好不調の波が大きいながらもリリーフとして活躍しましたが2013年シーズン途中にトレードでDeNAに移籍しています。
なお現在はライオンズからBCリーグ武蔵にコーチとして派遣されています。

2013年途中からはロッテからトレードで獲得した川崎雄介投手が着けました。
リリーフ左腕として期待されたものの結果を残せず2014年限りで退団しています。


現役選手

​2015年からはドラフト2位で入団した佐野泰雄投手が着けています。
2019年にはリリーフ左腕としてリーグ優勝に貢献した以外は故障も多くなかなか結果を残せない状況が続いています。
今年も開幕1軍入りを果たしたものの途中からはファームでも不安定な投球を続けており不本意なシーズンを送っています。




2018年FA:ファンの反応が正反対となった主力野手達の移籍

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FA移籍の歴史


1993年にFA制度が導入され以降多くの選手がライオンズから移籍しています。
そこで各年のライオンズに関わるFA移籍を振り返ってみたいと思います。
2018年は2選手がライオンズから移籍しました。

浅村栄斗選手


浅村栄斗選手は2008年ドラフト3位でライオンズに入団しました。
入団3年目からレギュラーに定着するとライオンズ在籍時には打点王2回、ベストナイン2回、ゴールデングラブ賞1回を獲得しています。

しかし2回目の打点王を獲得しリーグ優勝に貢献した2018年オフに他球団の評価を聞きたいとFA宣言を行い最終的に楽天に移籍しました。
なお移籍に伴う補償は金銭を選択しています。

移籍後も本塁打王を獲得するなど楽天の主力として活躍しています。

炭谷銀仁朗選手


炭谷銀仁朗選手は2005年高校生ドラフト1位でライオンズに入団しました。
1年目から開幕スタメンの座を勝ち取るとライオンズ在籍時にはベストナイン1回、ゴールデングラブ賞2回を獲得しています。
更に2017年からは念願の背番号3に変更し、2018年にはキャプテンに就任しました。

しかし2018年は森友哉選手のレギュラー定着、岡田雅利選手の台頭に伴い出場機会を大きく減らしたたため「野球選手としてもう1回勝負したい」とFA権を行使し巨人に移籍しました。
移籍後は主に2番手捕手として活躍しましたが2021年に再び出場機会を減らすとシーズン中に金銭トレードで楽天に移籍しています。

炭谷選手の移籍に伴う補償としては内海哲也投手を獲得しました。
移籍1年目は1軍登板が無いなどライオンズ移籍後は現時点で2勝に留まっています。
しかし内海投手を師と仰ぐ渡邉勇太朗投手が今シーズン大きく飛躍するなどベテランが少ない投手陣の中で若手のお手本として存在感を放っています。

総括


浅村選手はFA宣言時にはライオンズ残留が最優先という旨のコメントをしていたため移籍決定時にはファンを大きく落胆させました。
また他球団を含めた交渉時の言動や移籍決定までの経緯などもありライオンズからは大きく反感を買う移籍となってしまいました。

一方で炭谷選手は球団として森選手を正捕手に据えたいという意向が明らかだったものの2014年オフにFA権を取得した際には行使せず、森選手が正捕手に成長してからの移籍となりました。
そのためファンとしても移籍は仕方ないという反応や森選手の独り立ちまで待ってくれたという感謝なども多かったように思えます。


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ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。