ライオンズ振り返り

2002年の外国人選手:日本記録に並んだ主砲と途中入団の選手達がリーグ優勝に貢献


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投手成績


選手名 登 板 防御率 勝 利 敗 戦 ホールド セーブ 勝 率 投球回 与四死球 奪三振 WHIP
許銘傑 20 3.65 9 7 0 0 .563 118.1 34 88
1.30
張誌家 19 2.71 10 4 0 1 .714 116.1 42 121
1.02

野手成績


選手名 試 合 打 率 安 打 本塁打 打 点 盗 塁 四 球 三 振 出塁率 OPS
カブレラ 128 .336 150 55 115
100 117 .467 1.223
マクレーン 19 .238 15 2 5 0 9 20 .333 .730
エバンス 78 .252 61 15 45 0 42 93 .378 .882

総括


​前年に二桁勝利を挙げた許投手は規定投球回に満たなかったものの9勝を挙げました。
また他球団との争奪戦を制し4月末に入団した張投手は途中入団ながらも10勝を挙げています。

野手では前年に来日1年目から驚異的なパワーを発揮したカブレラ選手は更に圧倒的な成績を残し当時の日本タイ記録となるシーズン55本塁打を放ち本塁打王に輝きました。
更に記録更新の期待もかかりましたが力みからかあと1本が出ず、最終戦は1番打者として出場したものの不発に終わりました。

一方でツインバズーカの片割れであるマクレーン選手はシーズン序盤に手首を故障し離脱となってしまいました。
しかし穴を埋めるためにシーズン中に阪神からトレードで獲得したエバンス選手が勝負強い打撃で勝利に貢献しました。

投打の外国人選手の活躍もありこの年は90勝を挙げてリーグ優勝を果たしました。
しかし日本シリーズは巨人の前に4連敗を喫しています。


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思い出の選手:1年目から活躍を見せた準硬式出身右腕

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現投手コーチ


青木勇人投手は同志社大学から​1999年ドラフト6位で入団しました。
高山久打撃コーチ大島裕行、後藤光貴両スカウトが同期入団です。

下位指名の準硬式出身投手という事で当面はファーム育成になると思っていました。
しかし1年目から1軍で17試合に登板し防御率2点台とまずまずの成績を残しました。

そして2001年には46試合に登板しプロ初勝利を含む4勝を挙げる活躍を見せました。
さらに2002年も36試合に登板し1軍のリリーフとして定着しました。

しかし2003年の近鉄戦で中村選手に死球を与えた事で激昂したローズ選手に突き飛ばされて鞭打ちとなってしまいまし。
以降は投球に精細を欠き2006年に広島にトレードとなってしまいました。
なおこの時に交換要員として獲得した福地寿樹選手はライオンズで才能を開花させてリードオフマンとして活躍しました。

引退後は広島でのコーチ経験を経て2021年からライオンズで投手コーチを務めています。

準硬式出身ながらも早々に1軍に定着した事で強く印象に残っている選手です。
特にルーキーイヤーのオープン戦で投手交代のアナウンスで名前が告げられた際にはとても驚いた記憶があります。

現在のチームには同じく準硬式出身の大曲錬投手が在籍しています。
2年目の今季は若干伸び悩み気味ですが同じ準硬式出身のコーチから学べる事は多いと思いますのでチームの主力に成長してくれる事を期待しています。

通算成績:210試合 9勝6敗22H1S 防御率4.16


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思い出の試合:2019年8月28日 北海道日本ハムファイターズ戦

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日没コールド


​23日に釧路で開催された日本ハム対オリックスの試合は7回終了時点で視界不良のため日没コールドで引き分けとなりました。
3年前にはライオンズ戦が同じく釧路で日没コールドとなっています。

この試合は序盤から両チームが得点を奪い合うシーソーゲームとなりました。
初回に中村剛也選手の2ラン、2回には山川穂高選手のタイムリーが飛び出し3点を先行しますが、先発の榎田大樹投手がピリッとせず同点に追いつかれます。

4回にも中村剛也選手が3ランを放ちますがその裏にまた1点差に迫られると、5回には伊藤翔投手が2点を奪われ逆転を許してしまいました。
6回表には中村剛也選手の内野安打と栗山巧選手のタイムリーで3点を奪い再逆転に成功しますが、その裏に野田昇吾投手がホームラン打たれ1点差に迫られます。

そして迎えた8回に先頭の森友哉選手が本塁打を放ったところで日没コールドとなりました。
元々ライオンズがリードしていたためか森選手の本塁打は記録として認められました。
またコールドで試合が打ち切りになった事で6回途中から登板していた平良海馬投手プロ初セーブを記録しています。

日没コールドとなった要因は天候面に加え乱打戦で試合が長引いた影響もあったと思います。
ライオンズが勝利したとは言え9回まで実施されていればどちらに転ぶか分からない試合展開だっただけに複雑な心境となりました。

今年もパリーグは混戦のため引き分けという結果が最後に効いてくる可能性があります。
数少ない地方開催で地元ファンは楽しみにしていると思いますしナイター設備の設置は難しいという事情も分かりますが、素人考えでは開催時期や時間などには再考の余地があるので思ってしまいます。


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2001年の外国人選手:ツインバズーカの加入とタイトルを逃した2年目投手


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投手成績


選手名 登 板 防御率 勝 利 敗 戦 ホールド セーブ 勝 率 投球回 与四死球 奪三振 WHIP
許銘傑 27 3.47 11 6 0 0 .647 140.0 67 67 1.46
デルトロ 14 5.59 1 1 0 0 .500 19.1 5 19 1.71

野手成績


選手名 試 合 打 率 安 打 本塁打 打 点 盗 塁 四 球 三 振 出塁率 OPS
カブレラ 139 .282 145 49 124 84 150 .385 .998
マクレーン 135 .247 119 39 87 3 78 142 .353 .902
ポール 0 --- -- -- -- -- -- -- --- ---

総括


​前年まで破壊力を欠いた打線はカブレラ選手、マクレーン選手の加入で一変しました。
ツインバズーカの相性通りにカブレラ選手は規格外のパワーを披露し、マクレーン選手もやや安定性を欠きながらも39本塁打を記録しました。
しかし近鉄打線が更に圧倒的な成績を残したため打撃タイトル獲得はなりませんでした。

なお両選手が大活躍を見せたため来日3年目となるポール選手は2年連続でイースタンリーグ三冠王を獲得しながらもこの年は1軍出場の無いままオフに退団となりました。
チーム状況によっては主力となった可能性もあるだけに巡り合わせが悪かったと思います。

投手では来日2年目の許銘傑投手が飛躍を遂げ11勝を挙げました。
しかし最終登板で5回4失点に抑えれば最優秀防御率を獲得という状況で炎上してしまい惜しくもタイトル獲得はなりませんでした。

一方でこの年加入したデルトロ投手は結果を残せず1年で退団しています。
そしてシーズンオフに母国で交通事故で急逝したためデルトロ投手の着けていた背番号32は1年間の欠番となっています。

投打の外国人選手が活躍したものの投手陣全体では安定感を欠き、打線も繋がりを欠いたため終盤に大失速し3位でシーズンを終えています。


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背番号43:故障に泣いた剛腕リリーフ左腕


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ライオンズの各背番号を背負った選手のうちプレーしていた記憶のある黄金時代以降の選手について思い出などを書いてみようと思います。

変遷


背番号43を着けてプレーする姿を見た記憶のある最も古い選手は横田久則投手です。
2年目に5勝を挙げるなど期待されましたが以降は相次ぐ故障に苦しみました。
それでも1998年には6勝を挙げてリーグ優勝に貢献しています。
2000年限りで退団し、引退後はライオンズでコーチや二軍監督を務めており2022年現在もチームスタッフとして球団に残っています。

2001年からはテスト入団した水尾嘉孝投手が着けました。
リリーフ左腕として重宝されましたが2003年限りで退団しています。

2004年からはやはりテスト入団の宮崎一彰選手が着けました。
俊足が持ち味のユーティリティプレイヤーでしたがあまり出場機会を得られず2006年限りで退団となりました。

2007年からはルーキーの原拓也選手が着けました。
ミスも多いものの繋ぎ役の打者として2011年には球団のシーズン最多犠打記録を更新しオフには背番号5に変更となりました。
現在はライオンズアカデミーのコーチを務めています。

2012年にはトライアウトで獲得した桟原将司投手が着けました。
しかし1軍登板の無いまま1年限りで退団しています。

2013年からはドラフト4位入団の高橋朋己投手が着けました。
1年目途中から1軍に定着すると2年目からはセットアッパーやクローザーとして活躍しました。
しかし2015年終盤の右足腓骨骨折を皮切りに2016年には肘を痛めトミージョン手術、更に復帰した2018年には肩を痛めてオフには育成契約となりました。
その後は1軍復帰を果たせず2020年オフに引退しアカデミーコーチを務めています。

2021年には金銭トレードで獲得した吉川光夫投手が着けました。
しかし1軍では結果を残せず1年限りで退団しています。


現役選手

2022年からは羽田慎之介投手が着けています。
ライオンズジュニア初のプロ野球選手で底知れぬスケールの大きさを感じます。
既にファームで実戦デビューを飾り上々のピッチングを見せたため今後の成長が楽しみです。




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ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。
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