FA/ポスティング史

2017年FA:2年連続でローテーション投手が流出

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FA移籍の歴史


1993年にFA制度が導入され以降多くの選手がライオンズから移籍しています。
そこで各年のライオンズに関わるFA移籍を振り返ってみたいと思います。
2017年は1選手がライオンズから移籍しました。

野上亮磨投手


​2017年オフは野上亮磨投手が巨人に移籍しました。

野上投手は2008年ドラフト2位でライオンズに入団しました。
入団4年目から先発として定着し、大きく勝ち越した年はないものの2度の二桁勝利を記録するなどの活躍を見せていました。

しかし2017年オフに他球団の評価も聞きたいとFA権を行使し、ライオンズを含めた複数球団との交渉の結果巨人への移籍を決断しています。
野上投手自身としては条件面で折り合いがつけばライオンズ残留と考えていたようですが、交渉時のフロントの言動に不信感を持った事で移籍を決断となったようです。

移籍後は期待された程の成績は残せず更に2019年にはアキレス腱断裂の大怪我を負いました。
今シーズンは好投見せたものの右肩痛を発症するなど故障に悩まされ続けています。

野上投手移籍に伴う人的補償としては高木勇人投手を獲得しました。
移籍初年度には野上投手と同日に勝利投手になるという史上初の記録を達成したものの、結局ライオンズではこの1勝のみに留まり2019年限りで退団しました。
退団後はメキシカンリーグを経て現在はBCリーグ神奈川に在籍しています。

総括


野上投手はエース級と言うよりは3、4番手の投手でしたが、それでもイニング数を稼げる投手の移籍は大きな痛手であり近年の先発不足の一因になったと思います。
それだけに交渉時のフロントの不誠実な対応は残念でしたし、ライオンズに残留していれば大怪我も無かったのではとも思ってしまいます。

また高木投手獲得時には大きな期待が寄せられましたが、やはり人的補償で獲得できる選手が即戦力で大活躍というのもなかなか難しいと改めて痛感する結果となってしまいました。


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2017年ポスティング:国際大会での好投を引っ提げMLBに挑戦

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ポスティングの歴史


1998年にポスティング制度が導入されました。
選手の権利ではなく球団主導の制度ではありますが、他球団と比べてライオンズからは多くの選手がポスティングを利用してのMLB挑戦を目指しています。

牧田和久投手


2017年オフに牧田和久選手がポスティング申請を行いました。
牧田投手は2010年ドラフト2位で入団するとルーキーイヤーはシーズン途中から抑えとして活躍し新人王を獲得します。
翌年以降は先発、2015年途中からはリリーフとして活躍しました。

またWBCやプレミア12などの国際大会の代表にも選出され、変則投手が苦手な海外の強打者達を抑え込みました。
その流れの中でMLB挑戦を表明しポスティングで入札したパドレスに移籍しました。
移籍決定の背景としてはこれまでのチームへの貢献に配慮してライオンズ側が譲渡金額の設定を引き下げたという事もあったようです。

MLBでも強打者をきりきり舞いさせる事を期待されましたが、開幕から打ち込まれる事が多く5月にはマイナーリーグに降格となります。
以降もメジャーとマイナーを行ったり来たりとなり防御率5点台で1年目を終えました。

更に翌年は1度もメジャー昇格を果たせなかったためNPB復帰を決断します。
古巣ライオンズも獲得に動きましたが最終的に条件面で上回った楽天に移籍しています。

総括


国際大会で大活躍していただけにMLBでも主力になると思っていました。
しかしMLBの主力打者ともなると変則投手への対応も早く、球威があるタイプでは無いためボールを見極めれて痛打を浴びてしまったように思えます。

またNPB復帰時にはライオンズに戻ってきて欲しかったですが、ライオンズ時代の年俸があまり上がらなかった事と、マネジメント契約を結んでいる会社の絡み等もあり楽天と契約を結んだのも仕方なかったかなと思っています。


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2016年FA:生涯ライオンズ宣言のエースが移籍

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FA移籍の歴史


1993年にFA制度が導入され以降多くの選手がライオンズから移籍しています。
そこで各年のライオンズに関わるFA移籍を振り返ってみたいと思います。
2016年は1選手がライオンズから移籍しました。

岸孝之投手


​2016年オフは岸孝之投手が楽天に移籍しました。
なお移籍に伴う補償は金銭を選択しています。

岸投手は2006年ドラフトの希望入団枠で入団するとルーキーイヤーから二桁勝利を挙げる活躍を見せてパリーグ連盟特別表彰を受けました。
2013年オフの涌井投手移籍後はエースとして活躍し2014年には最高勝率を獲得しています。

岸投手自身はFA取得前年となる2013年オフに3年契約を結び生涯西武宣言をしていました。
しかし3年契約が終了した2016年オフにFA権を行使し、交渉の末に出身地仙台を本拠地とする楽天に移籍する事となりました。

移籍後も先発として活躍し2018年には最優秀防御率を獲得しています。
以降は故障などで離脱する事も多いものの制球力とキレのあるストレートは健在で、今でもローテーションの軸として活躍しています。

総括


岸投手は一旦生涯西武宣言をしていただけに移籍は非常にショックでした。
当時は親会社の株主だったサーベラスの目が厳しく年俸などを含めた球団への投資が制限されていた事、更にフロントの言動の問題もあり移籍という選択に繋がった事は理解はできるもののファンとしてはやはり複雑な心境となりました。
またこの時期の相次ぐ主力投手の移籍が近年の投手力低下にも繋がっていると思います。


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2015年FA:人的補償獲得選手の移籍とFA宣言選手のテスト入団

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FA移籍の歴史


1993年にFA制度が導入され以降多くの選手がライオンズから移籍しています。
そこで各年のライオンズに関わるFA移籍を振り返ってみたいと思います。
2015年は1選手がライオンズから移籍し、1選手を獲得しました。

脇谷亮太選手


脇谷選手は2013年オフに巨人へFA移籍した片岡治大選手の人的補償としてライオンズに加入しました。
その際に多くのスター選手が着けてきた背番号7を与えられた事からファんからはあまり歓迎されていたとは言えませんでしたが、当時は打線が低迷していた事もあり地味ながらも主力として活躍を見せました。

しかし兄貴分の高橋由伸選手が引退し巨人の新監督に就任した事から2015年オフにFA権を行使して古巣巨人に復帰し、史上初となる人的補償移籍経験者のFA移籍選手となりました。
なお脇谷選手はCランクだったため移籍に伴う補償は発生していません。

移籍後は結果を残す事が出来ず2018年限りで引退しています。
なお代打で出場したファームでの公式戦最終打席では申告敬遠を受けています。

木村昇吾選手


木村選手は2002年ドラフト11巡目で横浜に入団し、2007年オフに広島に移籍しました。
広島では複数ポジションを守れるユーティリティプレイヤーとして活躍しましたが、2015年オフに他球団の評価も聞きたいとに理由でFA権を行使します。
しかし年齢的な問題もあり木村選手の獲得に動く球団は無く、更に広島は基本的にFA宣言残留を認めない方針だった事から移籍は暗礁に乗り上げかけました。

すると2015年末にライオンズの春季キャンプにテスト生として参加する事が発表され、最終的に入団が決定しました。
背景として木村選手の行く末を案じた広島側からライオンズに獲得の打診があったようです。
なお木村選手はCランクだったため移籍に伴う補償は発生していません。

獲得の経緯はさておくと選手としてはユーティリティプレイヤーとして面白い存在だと思っていました。
しかし2016年はシーズン中に右膝前十字靭帯断裂の重傷を負いオフに自由契約となり育成契約を結びました。
翌2017年はシーズン中に支配下契約を結んだものの結果を残せずこの年限りで引退しています。 

引退後は史上初となるNPB在籍選手からクリケット選手への転向を果たしています。
現在はスリランカリーグでプレーしながら最高峰となるインドリーグでのプレーを目指しているようです。

総括


脇谷選手の移籍は戦力的には大きな痛手では無かったものの予想外でしたし、古巣への復帰は少し複雑な心境になってしまいました。
またこちらも史上初となる入団テストを経て木村選手を獲得するなどライオンズのFA史の中でも異色の年だったと思います。


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2013年FA:リードオフマンと元エースの流出

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FA移籍の歴史


1993年にFA制度が導入され以降多くの選手がライオンズから移籍しています。
そこで各年のライオンズに関わるFA移籍を振り返ってみたいと思います。
2015年は2選手がライオンズから移籍しました。

片岡治大選手


片岡治大選手​持ち味の俊足でリードオフマンとして活躍しライオンズ在籍時には盗塁王4回、最多安打1回、ベストナイン1回を獲得しました。
2013年シーズンは故障で離脱したものの終盤に復帰しチームの快進撃を牽引する活躍を見せたためファンも残留を望む声が多かったですが、FA権を行使して巨人に移籍しました。
2009年のWBCに参加した際の指揮官だった原監督片岡選手の俊足に惚れ込んでおり、FA権を取得したこの年に獲得に動いたという背景があったようです。

移籍後は打率は低いものの2年連続で20盗塁以上を決める活躍を見せました。
しかし2016年からは膝の故障で出場機会を減らしていき2017年限りで引退しています。
現在は巨人でコーチと務めています。

片岡選手移籍に伴う補償としては脇谷亮太選手を獲得しました。
獲得に対してファンから疑問の声も上がりましたが移籍後は一定の活躍を見せました。

涌井秀章投手


涌井秀章投手松坂投手移籍後のエースとして活躍しライオンズ在籍時には沢村賞1回、最多勝2回、ゴールデングラブ賞2回を獲得しました。
しかし2012年は開幕から低迷するとクローザーとして起用され30セーブを記録し、2013年も開幕は先発復帰したもののやはり結果を残せず中盤からはリリーフ起用されていました。
その状況の中で先発としての出場機会を求めてFA権を行使し、元恩師である伊東監督が率いるロッテへと移籍しました。

移籍後は先発として復活し最多勝を1回獲得し、2020年にトレード移籍した楽天でも最多勝を獲得するなど現在でも現役として活躍しています。

涌井投手移籍に伴う補償としては中郷大樹投手を獲得しました。
しかし不安定だったリリーフ陣を支える活躍を期待されたもののライオンズでは結果を残す事ができず2015年限りで退団しています。

総括


片岡選手はFA宣言した時点では残留の可能性も示唆していたため移籍が決定した際にはショックが大きかった記憶があります。
しかし空いたセカンドの穴は浅村栄斗選手が埋めてくれました。

一方で涌井投手にはついてはもちろん残留して欲しかったですが、当時の状態ではライオンズでの先発起用は難しかったため移籍も仕方ないという思いもありました。
しかし移籍後の先発としての復活を見ると交渉の仕方や起用法などもう少し考える余地があったのではないかと思ってしまいます。


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ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。