FA/ポスティング史

2018年FA:ファンの反応が正反対となった主力野手達の移籍

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FA移籍の歴史


1993年にFA制度が導入され以降多くの選手がライオンズから移籍しています。
そこで各年のライオンズに関わるFA移籍を振り返ってみたいと思います。
2018年は2選手がライオンズから移籍しました。

浅村栄斗選手


浅村栄斗選手は2008年ドラフト3位でライオンズに入団しました。
入団3年目からレギュラーに定着するとライオンズ在籍時には打点王2回、ベストナイン2回、ゴールデングラブ賞1回を獲得しています。

しかし2回目の打点王を獲得しリーグ優勝に貢献した2018年オフに他球団の評価を聞きたいとFA宣言を行い最終的に楽天に移籍しました。
なお移籍に伴う補償は金銭を選択しています。

移籍後も本塁打王を獲得するなど楽天の主力として活躍しています。

炭谷銀仁朗選手


炭谷銀仁朗選手は2005年高校生ドラフト1位でライオンズに入団しました。
1年目から開幕スタメンの座を勝ち取るとライオンズ在籍時にはベストナイン1回、ゴールデングラブ賞2回を獲得しています。
更に2017年からは念願の背番号3に変更し、2018年にはキャプテンに就任しました。

しかし2018年は森友哉選手のレギュラー定着、岡田雅利選手の台頭に伴い出場機会を大きく減らしたたため「野球選手としてもう1回勝負したい」とFA権を行使し巨人に移籍しました。
移籍後は主に2番手捕手として活躍しましたが2021年に再び出場機会を減らすとシーズン中に金銭トレードで楽天に移籍しています。

炭谷選手の移籍に伴う補償としては内海哲也投手を獲得しました。
移籍1年目は1軍登板が無いなどライオンズ移籍後は現時点で2勝に留まっています。
しかし内海投手を師と仰ぐ渡邉勇太朗投手が今シーズン大きく飛躍するなどベテランが少ない投手陣の中で若手のお手本として存在感を放っています。

総括


浅村選手はFA宣言時にはライオンズ残留が最優先という旨のコメントをしていたため移籍決定時にはファンを大きく落胆させました。
また他球団を含めた交渉時の言動や移籍決定までの経緯などもありライオンズからは大きく反感を買う移籍となってしまいました。

一方で炭谷選手は球団として森選手を正捕手に据えたいという意向が明らかだったものの2014年オフにFA権を取得した際には行使せず、森選手が正捕手に成長してからの移籍となりました。
そのためファンとしても移籍は仕方ないという反応や森選手の独り立ちまで待ってくれたという感謝なども多かったように思えます。


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2018年ポスティング:左腕エースが念願のMLB挑戦

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ポスティングの歴史


1998年にポスティング制度が導入されました。
選手の権利ではなく球団主導の制度ではありますが、他球団と比べてライオンズからは多くの選手がポスティングを利用してのMLB挑戦を目指しています。

菊池雄星投手


2018年オフに菊池雄星投手がポスティング申請を行いました。

菊池投手は2009年ドラフト1位で6球団競合の末にライオンズに入団しました。
ドラフト前は即MLB移籍も検討していたほどもともとメジャー志向の高い選手でした。
プロ入り後は故障などで少し出遅れたものの2013年頃から先発ローテーションに定着し最多勝1回、最優秀防御率1回、ベストナイン2回、ゴールデングラブ賞1回を獲得しました。

ポスティング申請後は交渉の末にマリナーズに入団しました。
しかし入団から2年間は防御率5点台と満足のいく結果を残せませんでした。
今シーズンはチーム事情もあり勝ち星は伸びないながらも開幕から高いQS率を誇っていたものの終盤に入り疲れからか崩れる事が増えてきました。
来シーズン以降に繋げるためにも復調して良い形でシーズンを終えて欲しいです。

総括


安定感の高かったエースの移籍はチームとしてはやはり痛かったと思います。
また2018年は苦手ソフトバンクに対して初勝利を挙げたものの、CSではソフトバンクに打たれて日本シリーズ進出を逃しただけにもう1年リベンジして欲しい気持ちもありました。
しかしもともとMLBへの憧れもあり移籍はちょうど良いタイミングだったと思います。

MLBでは苦戦しているものの今シーズンは結果を残しているだけにこの状態でライオンズに復帰した場合はどの程度の成績を残せるのか興味はあります。
ただしやはり半端な状態で帰国はせずにMLBで先発投手として活躍し続ける姿を見せて欲しいと思います。


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2017年FA:2年連続でローテーション投手が流出

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FA移籍の歴史


1993年にFA制度が導入され以降多くの選手がライオンズから移籍しています。
そこで各年のライオンズに関わるFA移籍を振り返ってみたいと思います。
2017年は1選手がライオンズから移籍しました。

野上亮磨投手


​2017年オフは野上亮磨投手が巨人に移籍しました。

野上投手は2008年ドラフト2位でライオンズに入団しました。
入団4年目から先発として定着し、大きく勝ち越した年はないものの2度の二桁勝利を記録するなどの活躍を見せていました。

しかし2017年オフに他球団の評価も聞きたいとFA権を行使し、ライオンズを含めた複数球団との交渉の結果巨人への移籍を決断しています。
野上投手自身としては条件面で折り合いがつけばライオンズ残留と考えていたようですが、交渉時のフロントの言動に不信感を持った事で移籍を決断となったようです。

移籍後は期待された程の成績は残せず更に2019年にはアキレス腱断裂の大怪我を負いました。
今シーズンは好投見せたものの右肩痛を発症するなど故障に悩まされ続けています。

野上投手移籍に伴う人的補償としては高木勇人投手を獲得しました。
移籍初年度には野上投手と同日に勝利投手になるという史上初の記録を達成したものの、結局ライオンズではこの1勝のみに留まり2019年限りで退団しました。
退団後はメキシカンリーグを経て現在はBCリーグ神奈川に在籍しています。

総括


野上投手はエース級と言うよりは3、4番手の投手でしたが、それでもイニング数を稼げる投手の移籍は大きな痛手であり近年の先発不足の一因になったと思います。
それだけに交渉時のフロントの不誠実な対応は残念でしたし、ライオンズに残留していれば大怪我も無かったのではとも思ってしまいます。

また高木投手獲得時には大きな期待が寄せられましたが、やはり人的補償で獲得できる選手が即戦力で大活躍というのもなかなか難しいと改めて痛感する結果となってしまいました。


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2017年ポスティング:国際大会での好投を引っ提げMLBに挑戦

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ポスティングの歴史


1998年にポスティング制度が導入されました。
選手の権利ではなく球団主導の制度ではありますが、他球団と比べてライオンズからは多くの選手がポスティングを利用してのMLB挑戦を目指しています。

牧田和久投手


2017年オフに牧田和久選手がポスティング申請を行いました。
牧田投手は2010年ドラフト2位で入団するとルーキーイヤーはシーズン途中から抑えとして活躍し新人王を獲得します。
翌年以降は先発、2015年途中からはリリーフとして活躍しました。

またWBCやプレミア12などの国際大会の代表にも選出され、変則投手が苦手な海外の強打者達を抑え込みました。
その流れの中でMLB挑戦を表明しポスティングで入札したパドレスに移籍しました。
移籍決定の背景としてはこれまでのチームへの貢献に配慮してライオンズ側が譲渡金額の設定を引き下げたという事もあったようです。

MLBでも強打者をきりきり舞いさせる事を期待されましたが、開幕から打ち込まれる事が多く5月にはマイナーリーグに降格となります。
以降もメジャーとマイナーを行ったり来たりとなり防御率5点台で1年目を終えました。

更に翌年は1度もメジャー昇格を果たせなかったためNPB復帰を決断します。
古巣ライオンズも獲得に動きましたが最終的に条件面で上回った楽天に移籍しています。

総括


国際大会で大活躍していただけにMLBでも主力になると思っていました。
しかしMLBの主力打者ともなると変則投手への対応も早く、球威があるタイプでは無いためボールを見極めれて痛打を浴びてしまったように思えます。

またNPB復帰時にはライオンズに戻ってきて欲しかったですが、ライオンズ時代の年俸があまり上がらなかった事と、マネジメント契約を結んでいる会社の絡み等もあり楽天と契約を結んだのも仕方なかったかなと思っています。


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2016年FA:生涯ライオンズ宣言のエースが移籍

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FA移籍の歴史


1993年にFA制度が導入され以降多くの選手がライオンズから移籍しています。
そこで各年のライオンズに関わるFA移籍を振り返ってみたいと思います。
2016年は1選手がライオンズから移籍しました。

岸孝之投手


​2016年オフは岸孝之投手が楽天に移籍しました。
なお移籍に伴う補償は金銭を選択しています。

岸投手は2006年ドラフトの希望入団枠で入団するとルーキーイヤーから二桁勝利を挙げる活躍を見せてパリーグ連盟特別表彰を受けました。
2013年オフの涌井投手移籍後はエースとして活躍し2014年には最高勝率を獲得しています。

岸投手自身はFA取得前年となる2013年オフに3年契約を結び生涯西武宣言をしていました。
しかし3年契約が終了した2016年オフにFA権を行使し、交渉の末に出身地仙台を本拠地とする楽天に移籍する事となりました。

移籍後も先発として活躍し2018年には最優秀防御率を獲得しています。
以降は故障などで離脱する事も多いものの制球力とキレのあるストレートは健在で、今でもローテーションの軸として活躍しています。

総括


岸投手は一旦生涯西武宣言をしていただけに移籍は非常にショックでした。
当時は親会社の株主だったサーベラスの目が厳しく年俸などを含めた球団への投資が制限されていた事、更にフロントの言動の問題もあり移籍という選択に繋がった事は理解はできるもののファンとしてはやはり複雑な心境となりました。
またこの時期の相次ぐ主力投手の移籍が近年の投手力低下にも繋がっていると思います。


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ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。