ドラフト史

2009年ドラフト:6球団競合の目玉左腕を獲得

IMG_2620

過去のライオンズドラフトの思い出を振り返ってみようかと思います。
今回は2009年のドラフトです。

1位:菊池雄星投手(背番号17)


高校時代からMLBにも注目された逸材で6球団競合の末にライオンズに入団しました。
しかし入団後は故障や制球難などもありなかなか期待通りの成績を残せませんでした。
それでも2013年から先発として定着し始めると2016年からは3年連続で二桁勝利を挙げるなどエースとして活躍を見せました。
最終的にライオンズ時代には最多勝1回、最優秀防御率1回、ベストナイン2回、ゴールデングラブ賞1回を獲得しています。
一方でホークスには相性が悪くプロ通算で2018年に挙げた1勝のみに留まっています。

2018年オフにはポスティングを利用してMLBのマリナーズに移籍しました。
過去2年は不満の残る成績でしたが今年は先発として安定した投球を続けています。
このままMLBで長く活躍して欲しいですが将来的には何かの形でライオンズに戻ってきて欲しいです。

通算1軍成績:158試合73勝46敗0H1S 防御率2.77 (※2020年末時点、NPBのみ)


2位:美沢将選手(背番号4)

喜界島出身で第一工業大学を経てライオンズに入団しました。
しかし大型内野手として期待されたものの結果を残せず2014年限りで引退しています。
現在は地元鹿児島で警察官として勤務しているようです。

通算1軍成績:6試合1安打0本塁打1打点0盗塁 打率.083

3位:岩尾利弘投手(背番号12)


入団1年目から1軍を経験し以降もリリーフとして起用されましたが結果を残せず2017年限りで引退しました。
ただし2015年には4試合にわたっての9者連続奪三振を記録しています。
現在はライオンズの打撃投手を務めています。

通算1軍成績:48試合3勝0敗5H0S 防御率6.11

4位:石川貢選手(背番号53)


俊足巧打の高卒外野手で2014年にはイースタンリーグの盗塁王を獲得しました。
しかし1軍では結果を残せず2015年限りで引退しています。

通算1軍成績:26試合5安打0本塁打1打点3盗塁 打率.119

5位:松下建太投手(背番号35)


高校時代は甲子園に3度出場し早稲田大学を経て入団しました。
入団1年目に肩を痛めオフに手術をしますが2013年には1軍初登板を果たし初セーブも記録しています。
しかし翌年以降は1軍出場無く2015年限りで引退しました。
現在はライオンズの球団職員を務めています。

通算1軍成績:9試合0勝1敗0H1S 防御率3.48

6位:岡本洋介投手(背番号30)


1年目から出場機会を得ると2013年からはリリーフや谷間の先発要員として登板機会を増やします。
前にも書きましたが予告先発の前日にリリーフ登板するなど便利屋として重宝されました。
しかし2016年に調子を落とし2017年は一時期先発入りするも防御率5点台に終わると、翌年の開幕前に榎田大樹投手とのトレードでタイガースに移籍しました。
移籍1年目はリリーフとして出場機会を得ますが2019年は不振に陥るとその年限りで引退となりました。

通算1軍成績:162試合14勝16敗14H1S 防御率4.73

総括


菊池投手は才能が開花するまでは時間がかかったもののエースに成長し6球団競合に恥じない活躍を見せました。
しかし岡本投手は一定の成績は残したものの素材型で上位指名した美沢選手、岩尾選手が活躍できなかったのは残念でした。
ただし他球団の指名選手を見ても主力になった選手は少ないため全体的に小粒な年だったのかもしれません。


にほんブログ村 野球ブログ 埼玉西武ライオンズへ
↑ポチッとして頂けると嬉しいです


1987年ドラフト:地元埼玉出身のスラッガーを単独指名

IMG_1380

過去のライオンズドラフトの思い出を振り返ってみようかと思います。
今回は1987年のドラフトです。

1位:鈴木健選手(背番号8)


地元埼玉出身で浦和学院高校から単独指名されました。
入団当初は黄金期の選手層に阻まれて出場機会が制限されたものの、デストラーデ選手石毛宏典選手の退団によりレギュラーを獲得し、ライオンズ時代には最高出塁率1回とベストナイン1回を獲得しています。
特に1997年からは清原和博選手が抜けた後の4番として活躍し東尾監督時代のリーグ連覇に大きく貢献しました。

しかし2002年に不振により出場機会を大きき減らすと、オフには戦力外となり金銭トレードでスワローズに移籍しました。
翌年は復活して打率3割を記録しベストナインカムバック賞を受賞しただけにライオンズの見切りは早かったように思えました。

通算1軍成績:1686試合1446安打189本塁打797打点15盗塁 打率.278


2位:上田浩明選手(背番号57)

高卒のスラッガーとして期待されますがプロ入り後は伸び悩みます。
しかし守備練習を重ねる事で内野はどのポジションでも守れる守備の名手となり、守備固め要員として重宝されるようになりました。
長身の割に脚は長くなかったためダックスの愛称でも親しまれました。
1995年に引退し翌年はコーチに就任しましたが1年で退団しています。

通算1軍成績:796試合51安打0本塁打21打点23盗塁 打率.179

3位:城土大治郎選手(背番号40)


社会人卒の両打ちの内野手でしたが1軍出場の無いまま1992年限りで退団しています。

通算1軍成績:出場無し

4位:加世田美智久投手(背番号74)


高卒右腕でしたが1軍出場は1試合のみで1992限りで引退しました。
引退後は2010年まで打撃投手を務めました。

通算1軍成績:1試合0勝0敗-H0S 防御率18.00

5位:前田俊郎選手(背番号49)


所沢商業から新日鐵君津を経て入団しましたが1軍出場無いまま1992限りで引退しました。
現在はライオンズの編成グループアマチュア担当のチーフを務めています。

通算1軍成績:出場無し

6位:上中吉成選手(背番号65)


俊足巧打の外野手としてファームでは一定の成績を残しました。
しかし厚い選手層に阻まれ1軍出場は1試合のみで1995年限りで引退しています。

通算1軍成績:2試合0安打0本塁打0打点0盗塁 打率.000

総括


鈴木選手は中距離砲としてチームの主軸として活躍し、上田選手も入団時の期待とは異なるものの守備固めとして貴重な戦力となり、上位2選手は長くチームを支えました。
一方で3位以下はほぼ1軍出場もないまま引退となっています。
他球団の3位以下の指名選手にはファイターズの芝草投手、ホークスの大道選手、吉永選手、村田投手、オリオンズの堀選手、ホエールズの野村投手などチームの主力選手となった選手も多いだけに下位指名選手達にも活躍して欲しいところでした。


にほんブログ村 野球ブログ 埼玉西武ライオンズへ
↑ポチッとして頂けると嬉しいです


1998年ドラフト:野球ファン大注目の松坂ドラフト

IMG_1354

過去のライオンズドラフトの思い出を振り返ってみようかと思います。
今回は1998年のドラフトです。

1位:松坂大輔投手(背番号18)


夏の甲子園決勝でノーヒットノーランを達成した平成の怪物松坂大輔投手を指名し3球団競合の末に交渉権を獲得しました。
ベイスターズ希望だったため入団拒否の可能性もありましたが交渉の際に東尾監督が自身の200勝達成時の記念ボールを渡した事で態度が軟化し、入団にこぎつけました。

高卒ながらの1年目からローテーション入りして最多勝新人王を獲得するなど、ライオンズ在籍時には沢村賞1回、最多勝3回、最優秀防御率2回、最多奪三振4回、ベストナイン3回、ゴールデングラブ賞7回を獲得しました。

2006年オフにポスティングでレッドソックスに移籍しMLBでも活躍を見せた後、2015年にはホークスに移籍して日本球界に復帰し、2018年からはドラゴンズに移籍しました。
2020年からはライオンズに復帰しましたがまだ公式戦登板は無いため、またメットライフドームで投げる姿を見せて欲しいところです。

通算1軍成績:218試合114勝65敗0H1S 防御率3.04(NPBのみ、2020年末時点)


2位:赤田将吾選手(背番号9)

大型内野手として期待され高卒ながら1年目から1軍出場を果たします。
2000年には外野手に転向し2002年からはスイッチヒッターに転向すると、2004年にはシーズン途中から2番の定着しチームの日本一に貢献しました。
その後も外野のレギュラーとして活躍しましたが2007年に故障で出場機会を減らすとその後は低迷し、2010年シーズン開幕前にトレードで移籍となりました。

現在はライオンズの1軍打撃コーチを務めています。

通算1軍成績:913試合643安打30本塁打211打点75盗塁 打率.255

3位:星野智樹投手(背番号26)


高校時代から注目された左腕でプリンスホテル経由での入団となりました。
入団後はなかなか結果を残せませんでしたが2004年からサイドスローに転向すると左のワンポイントとして活躍するようになり長くチームを支えました。
しかし2012年に不調で登板機会を減らすとオフに自由契約となりイーグルスに移籍しますが、翌年限りで引退となりました。

通算1軍成績:456試合14勝15敗105H3S 防御率3.91

4位:柴田博之選手(背番号12)


俊足が持ち味の外野手で競馬一家育ちだった事からシバタオーの愛称で呼ばれました。
2001年にレギュラーに定着し1番打者として期待されますが、オフに左肘の靭帯損傷が発覚し手術を行います。
以降は外野からの返球もまともに行えなくなったため指名打者での起用がメインになりますが、外国人選手との争いとなるため徐々に出場機会を減らし2007年限りで引退となりました。

通算1軍成績:337試合204安打5本塁打49打点73盗塁 打率.264

総括


もともとは近大の宇高投手の獲得に動いていましたが当時の堤オーナーの鶴の一声で方針転換する事になりました。
またこの年は他の有力選手が多かったのもありますが、逆指名制度が無ければ松坂投手への競合も増えていたのではと思いますので、様々な要因が絡んでの獲得成功だったと思います。
入団後は期待通りの活躍を見せてくれましたがライオンズ復帰後は公式戦登板が無いためなんとか復活を遂げて欲しいところです。

2位指名以降の選手も1軍で結果を残したため成功ドラフトだったと思います。
ただしこの年は大豊作だったため各球団共に戦力アップに成功した年になりました。


にほんブログ村 野球ブログ 埼玉西武ライオンズへ
↑ポチッとして頂けると嬉しいです


2005年大学社会人ドラフト:左腕補強の狙いも主力とはならず

IMG_1329

過去のライオンズドラフトの思い出を振り返ってみようかと思います。
今回は2005年の大学社会人ドラフトです。

希望枠:松永浩典投手(背番号24)


即戦力左腕として期待され1年目から完投勝利を含む3勝を挙げますが、2年目以降は低迷してしまいます。
その後リリーフに転向し2011年にまずまずの結果を残すと2012年はシーズンを通して1軍で活躍しました。
しかし翌年のキャンプで肩を痛めて手術を行った影響もあり、以降は1軍登板を果たせず2014年限りで退団となりました。

通算1軍成績:124試合9勝8敗14H1S 防御率3.39



3巡目:吉見太一選手(背番号31)

高校時代は松坂大輔投手が夏の甲子園決戦でノーヒットノーランを達成した際の相手チームの正捕手を務めていました。
強肩が売りの反面、打撃が非常に弱いという課題があり、1軍出場は6試合のみで無安打のまま2010年限りで引退しました。
現在はライオンズアカデミーのコーチを務めています。

通算1軍成績:6試合0安打0本塁打0打点0盗塁 打率.000

4巡目:西川純司投手(背番号38)


リリーフ左腕として期待され入団から2年間はファームでまずまずの結果を残します。
しかし3年目の2008年に怪我の影響で3試合の出場に留まると、1軍経験の無いままその年限りで退団となりました。

通算1軍成績:出場なし

5巡目:山本歩投手(背番号59)


大学院進学も検討しており卒論執筆準備中の図書館で指名を知ったようです。
準硬式出身の右腕で制球に難があるものの高い奪三振率を誇り、2007年には1軍で6回1/3を投げて11三振を奪っています。
しかし2008年に右肘の手術を行ってからは感覚が取り戻せなくなったようで、2009年限りで退団となりました。

通算1軍成績:5試合0勝0敗0H0S 防御率2.84

総括


左腕を2人獲得するなど投手補強の意図が明確だった指名でした。
しかし松永投手以外はほとんど1軍出場を果たす事ができず、松永投手も通算9勝に終わるなど残念ながらあまり戦力の上積みとはならなかった指名になってしまいました。


にほんブログ村 野球ブログ 埼玉西武ライオンズへ
↑ポチッとして頂けると嬉しいです


1981年ドラフト:黄金期のバッテリー指名と唯一の入団拒否

IMG_1296

過去のライオンズドラフトの思い出を振り返ってみようかと思います。
今回は1981年のドラフトです。

1位:伊東勤選手(背番号27)


熊本工業定時制から所沢高校定時制に転校した上でライオンズの球団職員として採用されており囲い込みが行われた上での1位指名となりました
3年目からレギュラーに定着し、ライオンズ黄金期の不動の正捕手としてベストナイン10回とゴールデングラブ賞11回を獲得しています。

2003年に引退して即監督に就任すると翌2004年にはシーズン2位ながらプレーオフを勝ち抜き、日本シリーズでもドラゴンズを破って見事に日本一に輝いています。
2007年で退任した後は韓国球界でのコーチやマリーンズの監督を経て、現在はドラゴンズのヘッドコーチを務めています。

通算1軍成績:2379試合1738安打156本塁打811打点134盗塁 打率.247

2位:金森栄治選手(背番号26)


捕手として入団しますが2年目に外野手に転向すると、1985年には規定打席に到達してベストナインゴールデングラブ賞を獲得しています。
またインコースの際どい球に対しては大袈裟な声を出して死球をアピールする場面が多く、カープの達川選手と共に珍プレーの常連となっていました。

1988年シーズ中にタイガースにトレードで移籍すると、1993年にはスワローズに移籍し、1996年限りで引退しました。
引退後はライオンズも含めた各球団のコーチを歴任しています。

通算1軍成績:1048試合583安打27本塁打239打点11盗塁 打率.270

3位:小田真也投手(背番号52)


左のサイドスローで入団5年目から1軍に定着すると、地味ながらも左のワンポイントとして黄金期のチームを支えました。
しかし1993年は杉山賢人投手の入団に伴い1軍登板が無くこの年限りで引退しています。

通算1軍成績:196試合4勝6敗-H9S 防御率4.39

4位:串原泰夫投手(背番号48)


地元所沢商業出身でしたが1試合の登板に留まり1989年限りで引退しています。

通算1軍成績:1試合0勝0敗-H0S 防御率4.50

5位:藤高俊彦投手(入団拒否)


ブレーブスとの競合の末に交渉権を獲得しましたが入団拒否となりました。
西武ライオンズとして初そして2021年現在で唯一の入団拒否選手となっています。

6位:工藤公康投手(背番号47)


社会人に進む事が内定していたためドラフト時には入団拒否の姿勢を打ち出していましたが、年を越しての交渉の末に入団が決定しました。
1年目からリリーフとして1軍に定着すると、4年目の途中からは先発として活躍しライオンズ在籍中にはシーズンMVP1回、最優秀防御率3回、最高勝率3回、ベストナイン2回、ゴールデングラブ賞1回を獲得します。

FA権を行使して1995年からはホークス、2000年からはジャイアンツに移籍し、2007年のベイスターズへの移籍を経て2010年にライオンズに復帰し、その年限りで引退しました。
プロ通算224勝を挙げており実働29年はNPB最長タイ記録となっています。

引退後は2015年からホークスの監督を務めています。

通算1軍成績:635試合224勝142敗3H10S 防御率3.45

総括


球団職員として囲い込んだ伊東選手の1位指名、プロ拒否を表明していた工藤投手の強行指名など根本氏の辣腕が振るわれたドラフトとなりました。
結果的に両選手は主力バッテリーとして活躍し、金森選手、小田投手も地味ながらもチームの勝利に貢献するなどライオンズ黄金時代を支えたドラフトとなりました。


にほんブログ村 野球ブログ 埼玉西武ライオンズへ
↑ポチッとして頂けると嬉しいです


スポンサードサイト
Twitter
ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。