思い出の選手

谷中真二投手:ゴールデンルーキーの影武者起用

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リリーフ投手


谷中真二投手は小西酒造から​1996年ドラフト3位で入団しました。
ドラフト当日は酒造工場で働きながら指名を待つ映像が流れていました。

プロ入り後は主にリリーフとして起用されました。
しかし一番最初に谷中投手の名前が大々的に注目されたのは1999年の春季キャンプではないかと思います。

この年は松坂大輔投手のルーキーイヤーでキャンプ地には大勢のファンやマスコミが押し寄せていました。
球団は混乱を避けるために体型が似ている谷中投手に松坂投手のユニフォームを着せて影武者を演じさせました。

大注目のルーキーとは言え歳下の選手の身代わりとなった事に奮起したのか、翌年には入団以来最多の32試合に登板する活躍を見せました。
しかし2001年には1軍登板の無いままシーズン中に平尾博嗣選手とのトレードで阪神に移籍しました。

その後はオリックス、楽天を経て2008年からはライオンズに復帰しました。
同年は敗戦処理ながらも日本シリーズに登板しています。

2010年限りで引退しましたが影武者騒動だけでなく2度ライオンズに在籍した選手としても印象に残っています。


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山田潤選手:日本シリーズでのサプライズ起用

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スタメン起用


山田潤選手​1993年にライオンズを逆指名してドラフト2位で入団しました。
在籍していた朝日大学からは初のプロ野球選手となりましたが首位打者3回と三冠王を獲得した実績を買われての指名となりました。

主砲候補と期待されながらも入団後3年間は1試合の出場のみで無安打に終わりました。
しかし4年目となる1997年に野球ファンからの注目を浴びる事となります。

この年も終盤戦で3試合に出場したのみで5打数2安打という成績でしたがプロ初ホームランを放っています。
するとその勢いを買ったのか東尾監督はヤクルトとの日本シリーズ初戦で山田選手をスタメンに抜擢し7番レフトで起用しました。
しかし相手先発が石井一久投手だったため左腕対策としての起用でしたが格の違いを見せつけられて抑え込まれてしまいチームも試合に敗れました。
試合後にはヤクルトの野村監督に経験の浅い選手をスタメン起用してくれて助かったと名指しでコメントされてしまう結果となってしまいました。

結局翌年は1軍出場が無くオフには広島にトレードとなりました。
1999年には自己最多の21試合に出場したものの2000年限りで退団しています。

期待されての入団でしたが日本シリーズで命運が変わってしまったように思えます。
起用自体は悪くなかったと思いますが相手が百戦錬磨の野村監督だったというのが不運であり野球人生を左右されてしまったのではと思ってしまいます。


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今久留主成幸選手:チーム200盗塁目を決めた控え捕手

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トレード加入


今久留主成幸選手清原和博選手桑田真澄投手のPL学園の同級生で高校時代は控えながらも甲子園に出場しています。
その後は明治大学を経て1989年ドラフト4位で大洋に入団しました。
しかし出場機会に恵まれず1995年途中に金銭トレードでライオンズに加入しています。

そして1997年には控え捕手として自己最多の14試合に出場しました。
この年は東尾監督の下でHit!Foot!Get!のキャッチフレーズを体現した攻撃でチーム200盗塁を記録しリーグ制覇を成し遂げましたが、その200盗塁目を決めたのが今久留主選手でた。
ライオンズでの1軍出場はこの年のみでしたが決して俊足では無い今久留主選手がチームの大記録を達成したという事で強く印象に残っています。

なお珍しい名字ですが親類である今久留主淳選手、今久留主功選手は1950年代にプロ野球選手として活躍しています。
また実兄は高校野球の監督を務めるなど野球一族であるようです。


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ライオンズファン歴35年。ブログでライオンズに関する記事を書いています。
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